2018年01月05日

自分を生きるレッスンその372 体当たりな人生

 人生って、挑戦してなんぼ。そう思います。

 現代は、「生きる」ことへのモチベーションが薄いので、温室のなかで育っているような感じですね。温室にいれば安全。でも、刺激がなくて、何とか生活を変えたいと思うけれど、そう思うときはもう体力がなくて、立ちあがる気力もなくて。。。それが高齢者ならいざ知らず、若者の方がこの温室状態で身動きできなくなっているようです。

 とくに、頭を使ってきて、それを褒められた人ほど、あるいはその頭脳で挫折した経験があったとしても、人を「知」だけで判断する癖のある人、自然との接触が少なかった人、親に溺愛された人、親との関係が悪かった人というのは、この温室状態にはまりやすいんじゃないかな。

 わたしの20代がまさしくそうでしたね。この温室状態のままの自分だったら、今頃どうなっていたかしら?頭でっかちの欲求不満な女になっていたと思う。何よりも、この優等生的頭でっかちを粉砕してくれたのが、子育て。子育てすることによって、わたしはとても救われたんだと思います。母性に目覚める、とかじゃなくて、赤ちゃんという自然にはじめて出会って、ぐちゃぐちゃになり、わたしの人生は一度破壊され、揉みにもまれて、ようやくいま息をついてるって、感じ。

 娘たちには悪いけど、子育ては、子どもを育てるのではなくて、わたしを救済する作業だったのかもしれません。頭でっかちから直感型へ。これは大きな転換でしたね。コペルニクス的転換です。いまようやく、わたしは、自分を自分であると認め、自分で生きることができる、と自信を持ち、孤独をも愛することができるようになりました。

 この4月、三女が就職するので、昭和62年にはじまった子育ては、平成30年の今年をもって終了です。ぐちゃぐちゃな子育てだったにも関わらず、娘たちは美しく、賢く、優しく、たくましく育ってくれました。就職に関しても、受験に関しても、親に何の心配もかけませんでしたね。孫もしっかり産んで育てて、3人ともしっかりした人生を歩んでいます。

 一度自分が壊れる経験をする、というのは大事だなあ。わたしの場合は、子育てだったけど、仕事の人もいれば、病気の人もいれば、結婚、離婚、千差万別でしょう。自分を被害者と思っているうちは、再生への道は開けません。わたしのまわりにも、過去のトラウマを「ウンコ」みたいに大事に抱えている人がいっぱいいるけど、そういう人って、再生の途中なんだろうなあ。汚いウンコは、早く手放しましょう。(すみません、汚い比喩で。でも、わたしの想像力は、他人の痛みに対して「ウンコ」を想像する、というお下劣なもののようです。ごめんなさい。でも、手放すってことは、大事だと思います。)

 こういうことを書くのも、昨夜、温室状態の若者を励ますのに必死だったから。ほっといて、いい先生ぶって、「そうだね、ゆっくり考えようね」と言っていればいいものを、「あなた、○○じゃない?」からはじまって、いろいろと申し上げました(笑)月の舟の年配の受講生の皆様がよくおっしゃる「先生は、自己保身ってものがないよね。全部、体当たりだから(笑)」というところの、体当たり状態で、温室に戻ろうとする若者を必死で説得しましたわ。この状態に入った時は、自分にもユタカ君にも止められません。言葉が次々に出てくる、出てくる。ユタカ君も、「よく思いつくよね」というくらいに。

 ユタカ君は、こういうとき、静かに、まるで聴いてないかのように、ソファに座って、わたしが電話しているのを横で聴いています。そして、終わったら「ご苦労さん」と言って、背中を撫でてくれます。こういうことは、きみちゃんにしか言えないよね、とも言ってくれます。わたしは、できれば、こういうことは言いたくない。疲れるし、嫌われるし、喉は痛いし。でも、神様が、ほれ、言いなさい、と指示するかのように、言ってしまってる。でも、その相手とは、その後、ものすごく仲良しになるのです。昨夜の若者ちゃんも、「先生、ありがとう」と言ってくれました。次は、もっと優しく言うね。世界一のカウンセラー、コジマ圭子先生みたいに。

 コジマ先生の口癖は、「きみこさん、どうしたいの?」「ふーん、それで?」というような穏やかなものでした。わたしもそうありたい。まだまだ修行ですね。別にカウンセラーでも巫女さんでも何でもないんだけど、なぜか、わたしの神がかり的な才能のひとつでもあるかのように、こういう事件が、たまにあります。でも、考えてみれば、心底、嫌いな人には、体当たり状態は全く発揮されませんわ。面白い現象です。わたしに怒鳴られた経験のある方は、わたしに愛されてる、という自信をもってくださいね(笑)。

 さあて、熱発に始まり、体当たりに終わった、我が家のお正月、明日から仕事始め。講座は9日からですが、明日は月の舟を掃除したり、3月の引っ越し準備もありますし、もろもろの準備がいっぱい。さすがに、霧島の床暖房完備の温室も飽きてきた。さ、雑菌だらけの世の中に出て、鍛えてくるとしましょうか。

 ブログ読者の皆さま、今年も一年よろしくお願いいたします。読んでいただいて、ありがとうございます。これからも読んで元気になるブログ、書き続けます。

 挑戦することで、元気になる。元気になって、また挑戦だ!
posted by kimiko at 21:59| Comment(2) | 日記
この記事へのコメント
きみこさん、ご挨拶遅れましたがあけましておめでとうございます!!! 
・・・僕もまだ20代であった頃、きみこさんに激励を受け、支えられ、温かく見守って頂き、家族同然に親しみを込めて接して下さり、魂の部分を適切に認めて下さいましたこと、今でもとても感謝しています。 
僕以外のたくさんの若者たちも、きみこさんに感謝と敬愛の念を寄せて居ることでしょう。
それは誰にでもできることではないと思います。
向き合う者の心に屈託なく染み入ってくるきみこさんの<愛の情感>が、多くの若者たちの生きる希望と優しさとなって社会に活かされておりますこと、、、それこそがきみこさんの大きな存在価値のひとつであると今でも思っています。 
長くなりました。 
今年もどうぞよろしくお願いいたします♬ 
こころより・・・高緑 
Posted by 高緑和昌 at 2018年01月13日 08:04
高緑さま、お正月の書き込みを、お盆に気が付きました。なんと、素晴らしい褒め言葉。こころからありがとう。高緑君はじめ、素敵な若者たちと出会うことは、わたしの人生の楽しみであり、確実に豊かな果実になり、宝になっていきます。また、ご家族で遊びに来てね。ありがとう。
Posted by 三嶽公子 at 2018年08月14日 16:30
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