2017年10月15日

自分を生きるレッスンその358 それでいいんだよ

 10月12日(木)午後6時10分からのNHKテレビ「情報WAVEかごしま」に出演させていただきました。10月4日に収録されたものが5分くらいに編集されて、素晴らしい出来。2時間ほどのロケがあって、それが5分になることの凄さ。美しい映像でした。

 来年の大河ドラマ「西郷どん」に出演される松坂慶子さん(西郷さんの母親・満佐役)が今年6月に月の舟にいらして、かごしまの子育てについてお話を聴きたいとのことで、月の舟会員さんを中心に10人くらいで(案内の東川さん、ドラマ監修の原口泉先生も含めて)かごしまの子育てについてお話をしたのでした。そのときの様子を、東川隆太郎さん、みたけきみこ、みたけゆたかで語る、という構成で、全体写真を撮った時の松坂慶子さんのお姿を映す許可もいただいて、万全の体勢。5分のうち1分が東川さん、3分くらいをみたけきみこが出演していたかも。わたし、この番組を観るのが怖かったのですが、生まれて初めて、自分のことを「美しい」と思えました(笑)。

 会員さんをはじめとする皆様の評判も上々で、「先生、知的な感じでした」とのお声がちらほら。60歳になっても、こんな体験ができるって、すごいなあ。ありがたいことだなあ、と思えました。NHK鹿児島放送局のスタッフの皆様、ありがとうございます。視聴してくださって、ご意見を言ってくださいました皆様、ありがとうございます。

 そして昨日10月14日(土)は、午前が百人一首の講義で、午後が「みんなの島尾敏雄」シンポジウム。シンポジストとして、多田蔵人先生(鹿児島大学准教授)、竹本寛秋先生(鹿児島県立短大准教授)、小林潤司先生(鹿児島国際大学教授)という豪華な顔ぶれ。みたけきみこの司会進行で、島尾作品ベスト3をシンポジストの皆様とみたけきみこで選んで、それについて議論する、というもの。会場の皆様も興味をもってご参加くださって、なかには、島尾さんにお会いになった方、ご両親が島尾ファンの方もいらして、大変盛り上がりました。

 若き気鋭の研究者、多田蔵人先生、竹本寛秋先生の新鮮な島尾論、小林先生のいつもながらの穏やかでしかし鋭い切り込みのあるトークに、みたけきみこ、かなり舞い上がってしまいました。月の舟でしかできないよね、こんなこと!というありがたい気持ちがいっぱいで、文学作品について語ることが三度のご飯より好きなみたけきみこは、司会のくせに熱狂しすぎてしまったんじゃないかな。

 実は、わたし、島尾ミホさんの名瀬市にある邸宅の新築祝いに参加したのです。これまでそのことを特にラッキーなこととは思っていませんでしたが、最近、これってすごいことだったんだよね、と思い始めました。何しろ、その新築祝いのときに新潮社の社員であった小島千賀子さん(三島由紀夫の最後の原稿を手渡された編集者)、安原顕さん(「海」の編集者)、島尾研究者の方々と一緒に加計呂麻島にお弁当をもって行ったのですもの。何でわたしがそのとき行けたか、というと、作家の奈良迫ミチさんが行く予定だったのが、ひどい風邪をひかれて、急きょ、わたしに白羽の矢が立ったというわけで、本当にラッキーだったのですよね。そのときのミホさんは、とても穏やかで優しくて、新築のご自宅で、オリオンビールをご馳走してくださったり、翌日の加計呂麻ピクニックのときも、お弁当を皆さんに振る舞ってくださったり。1995年だったので、もう今から22年も前のことなのに、鮮明に覚えています。

 昨日のシンポジウムでは、そのことをお話ししました。会場からのご意見も鋭いものがあり、とくにマヤさんのことについて触れた方があったときに、思わず、みたけきみこ、夫婦の諍いで心の病になっていく子どものことに触れると、まるで自分のことを言われたような錯覚に陥るみたいで、ちょっと熱が入りすぎた答弁をしてしまいました。わたしが1995年にミホさんとマヤさんにお会いしたとき、マヤさんは40歳を過ぎておられて、わたしより5歳くらい年上にもかかわらず、ひとりでお手洗いに行けない状態で、お母様のミホさんが付いて用を足しておられました。

 ミホさんと島尾敏雄さんが一緒に精神病院に入られたとき、ふたりの子どもは奄美に預けられるわけですが、そのときの島尾夫妻のことを思うと、やはり断腸の思いだったんじゃないか。夫婦の関係は、いちばんに子どもにしわ寄せがいくわけで、夫婦関係が泥沼に入って行けばいくほど、子どもを見捨てるわけじゃないけど、どうしようもない事態に陥ってしまう、その悪循環に大人も子どもも同時に深く傷ついていく。決して、鬼のような親のわけじゃないけれど、そうなってしまう。子どもに罪はないから、大人がその罪を贖う必要があるのでしょうが、他人が「なんてひどい親だ」と非難する権利はないんじゃないか。子どもを静かに庇護してあげるしかないよね。

 島尾シンポジウムのあと、わたしの両親のことを島尾夫妻に重ね、どうしようもない泥沼に入っていく夫婦の子どもへの思いを再確認しました。やはり、不器用ながら、わたしの両親は子どもを慈しんでくれたんだな、と。戦争というものが、いかに人を根底から傷つけるのか、傷ついた大人たちがその癒しがなされないまま戦後を迎え、高度成長期を迎え、一見裕福で明るい家庭が、実は暗い泥沼を抱えている。そこを、わたしも兄も妹も弟も、結構、自力で乗り切ってきた、と深く思います。それは、戦後の学びの体制が整ったおかげもありましょう。わたしの場合は、こうして文学を深く学ぶことによって、またコジマ先生との出会いによって、他の人よりも癒されてきたのだなあ、と思います。

 人は、完璧に癒される必要がある。そう思います。そうでないと、自分の天才が発揮されないから。最近わたしは、天才というのは、純粋であることが絶対必要条件であることに思い至りました。自分のなかにトラウマだの癒されない部分だのがあると、天才が濁る。一昔前は、その人のなかの不幸が才能を磨くみたいに思われていましたが、少しでも不幸の影のある人は天才じゃない、とみたけきみこは定義づけます。100%純粋であることは難しいですが、どんなときも楽観的で、いつも上機嫌でいなくちゃいけない。

 コジマ先生亡きあとは、ユタカ君がわたしのカウンセラーみたい。「マヤさんのこと、ちょっと強い意見を言い過ぎたかな?」と反省するわたしに、「あれでいいんだよ」とユタカ君。その言葉は、わたしのなかに清水のように流れていきました。ユタカ君との出会いは、わたしの人生最高のもの。彼もまたそう言ってくれます。あなたほど優しい人はいない、と。

 さ、今日から100%、自分に自信をもって生きていきます。どんなときも明るく。前向きに。わたしの天才は、人前で話をすること。あまり力を入れなくてもできちゃうし、事前の勉強も大好きだし、おしゃれすることもわくわくするし。書くことも大好き。読み書きがわたしの力を発揮するもの。まだまだあるかもしれません。努力することは何より好きです。ピアノ、料理、小さい子のお世話。何よりも、人の善きものを引き出す、そのことが芸術の役割でもあるし、ささやかなわたしの役割であるような気がします。

 雨の日曜日。ユタカ君はひとしきり庭の草刈りを終えました。さて、ここらで一休み。午後のお茶の時間。ご近所の霧島ストリートベーカリーで「贅沢栗パン」を買ってきました。熱い日本茶を頂きながら、栗パンを贅沢に味わいましょう。きりしま、最高!素敵なところがいっぱい。皆様も穏やかで楽天的な一日を。
posted by kimiko at 15:28| Comment(2) | 日記
この記事へのコメント
松阪恵子さんが、島尾ミホさんを演じられた「死の刺」という映画を見ました。
夫婦が、どうしようもない、状況になってしまい、お互いに愛情はあるのにどんなに、やり直そうと努力しても、深い泥沼に引きずり込まれていく様子が、描かれていて…。
私も、
Posted by 若松貴美子 at 2017年11月03日 19:43
若松さま、コメントありがとうございます。
今頃気が付いて、あわててご返事しています。
その映画は「死の棘」ですね。
わたしも観ました。
素晴らしい映画です。
また、コメントくださいませ。
ありがとうございます。
Posted by 三嶽公子 at 2018年08月14日 16:33
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