2019年08月27日

自分を生きるレッスンその569 一千人の平和プロジェクト

 8月24日の川端康成学会での発表は、無事終わりました。
 思った以上に、うまく話せたかな、と自画自賛。せっかく来てくれた学生さんがバイトの面接のためにわたしの発表を聴けなかったり、と残念なところがありましたが、また学生さん向けに話す機会もきちんと作るきっかけとなりました。よく来てくれたね。ありがとう。

 わたし自身も50分話すところを60分話して、時間オーバー。ユタカ君が途中で時間過ぎてるよ、のメッセージを伝えに来てくれたりして、やはり時間をきちんと話すには、かなりな準備が必要です。かなり準備したつもりですが、最後の詰めで時間配分はやはり必須事項です。時間厳守はどんなときでも大事ですね。

 わたしは3本目の発表、というよりも講演でしたので、前おふたりの先生のご発表が重厚でしたから、わたしは「わかりやすく、リラックスして」聴いていただけるように、いつものきみちゃんモードを発揮したつもり。ま、それが時間オーバーの原因でしたけどね。余計な前振りが長かった(笑)。

 わたしは川端康成の専門的な研究者ではないので、自由な読みでいい、と自分で自分を許して、最後に少しだけみたけきみこなりの読みを披露したら、賛同のご意見を頂いたりして、わたしのこの講演における役目を果たせたなあ、と思うことでした。

 前回書いた「許す」というスタンスは、とってもいいですね。もちろん、何を言ってもいい、というわけではなく、熟考することは何よりも大事ですが、自分の考えを、「幼稚と思われないか」「バカと思われないか」と恐れていてはいけない、と思うのです。

 幼稚だっていいじゃないですか。バカだっていい。わたしは、今回、ものすごく勉強したし、下調べもいっぱいしたし、それにバカじゃない、と思っているので、自由に話せたかな。それに、特攻のこと、鹿屋航空基地のこと、事実をきちんと把握して、感傷的にならないことに気を付けました。それが知性の証だと思うからです。

 でもそのときに、失言したり、自分の意見の裏付けを過剰に取り付けすぎると、それはそれで全く知性が機能しない状態になると思うのです。

 相手を尊重し、そのうえで、きちんと自分の意見を言うことをしっかりと身につける。失敗を恐れないで。もし、失言しても、そんな自分を許してあげる。まず自分を許してあげると、他人もしっかりと許せますからね。相手の意見をしっかりと受け止められますからね。

 川端康成氏が、昭和20年4月から5月までの一か月間、鹿屋航空基地に報道特派員として鹿屋に滞在したことについての発表でしたが、その間の鹿屋の状況を客観的に把握することに勤めました。それだけでも知らないことがいっぱい出てきて、わたし自身が目からうろこ状態が続いて、そのことをお話すると、たくさんの方が一緒に「目からうろこ」になってくださいました。

 わたしが推薦した『特攻 この地より」(南日本新聞社 2016年)は何冊売れたでしょうか?川端学会の皆様は、ほとんど鹿児島で購入してくださったのではないかな。ありがとうございます。そして、わたしもまた南日本新聞社にお礼を言いたいし、わたしにもお礼が来ないかな(笑)。いやあ、良い本でしたよ。とっても参考になりました。

 特攻については、その語られ方、伝えられ方について、何度も考えないといけない、と思いました。わたし自身、孫が4人いて、その子たちの未来が平和であるように、というのがわたしの今後30年の生きる指針ですから、孫たちにどう伝えるか。

 桜花作戦なんかは、あまりにも悲惨で、ひどくて、頭がくらくらしそうです。なぜ、あのような方法を止められなかったのか。上層部を憎む、という方法もあるけれど、それは憎しみと怒りの連鎖となり、孫たちにはそれを教えたくない。

 いま、NHKのEテレ「100分で名著」という番組で、カイヨワの「戦争論」をやっているそうです。昨日、久しぶりに霧島の自宅に帰ってきて、ユタカ君が教えてくれました。(昨日は、南薩摩の戦跡を巡っておりました。ユタカ君はお留守番。)

 その「戦争論」は、「戦争をしない根本は、人は平等であることをきちんと認識する。ひとりひとりの命はとても重く、それぞれに価値があることをしっかりと基本に据える」ということらしいです。わたしもこれからきちんと読みます。

 わたしが今回、特攻について集中的に勉強していくなかで、これからの世の中が平和であるために、自分に何ができるのか、文学者として何ができるのかをいっぱい考えたのですが、本当にこの「平等」ということは、とっても大事ですね。

 多様性を認める、ということでもありますよね。性別、学歴、国籍、肌の色、障害のあるなし、そんなことで人間を線引きしてはいけない。わたしなんて、いわゆる平均身長よりも低く、平均体重よりも重い女性ですが、それだけで差別される要因はいっぱいですものね。それにババアだし、地方だし、なんてことをあげていたら、ひとりひとり凄いことになります。

 「みんなちがって、みんないい」の思想を徹底しないといけないのです。ただし、その平等の思想は、自然に獲得できるものではないらしい。だから、学習しなければならない。だから、いっぱい勉強しましょう。

 本当に知的な方は、とっても優しいですね。時間にも厳しいし、言うことは優しくきちんと言うし。ストレスないし、欲求不満がないし。さわやかです。安定感があります。

 どこかに「線引き」をするような人は要注意人物だ、と思ってもいい。お金のあるなし、学歴なんかで線引きする人は、まあ、わかりやすくてかわいいものですが、そんな評価に惑わされることなく、何よりも自分の価値を自分で認める。大事にすることが「平等」を学ぶ第一歩。

 そこでわたしは、「一千人の平和プロジェクト」なるものを考えました。月の舟自由大学で学び、実践することは「平和への道」。月の舟で学ぶことが平和への道、というプロジェクトです。「平等」とは何か、暴力への反対の仕方、感情の表し方、自分をどう表現するか、などの核となるものをしっかり考えていきたいなあ、と思うのです。

 月の舟とかかわりをもってくださる方は、これから一千人くらいだろう、という数字としての一千人です。わたしは国家とか地域というくくりではなく、わたしが関係をもつ方々とどのような平和への道を歩いていくのか、それが孫の世代にどのように伝えていくのかをしっかり考えようと思うのです。

 さ、そのためにも、自分を思い切り褒めましょう。きみちゃん、よく頑張った。わたしなりに「最高のおもてなし」ができました。これから、わたしのことを「みたけクリスタル」と呼んでくださいね(笑)。

 これから神様のいる霧島の地で、たくさんの方とたくさんの学びをしていきます。皆さまもご一緒にどうぞ。きりしま月の舟では、たくさん平和合宿をしていきたいなあ。夢が広がります。

 大きな仕事がひと段落ですので、これからきりしま月の舟プロジェクト、邁進しますよ。同時に「一千人の平和プロジェクト」推進します。

 皆様も、平和について、一緒に学びましょう。学び続けましょう。
posted by kimiko at 13:25| Comment(0) | 日記

2019年08月19日

自分を生きるレッスンその568 許す

 8月16日は、わたしの誕生日。62歳になりました。たくさんの方からお祝いのメッセージを頂きまして、心から感謝いたします。ありがとうございます。

 16日の朝、台風一過、前日まで雨だったのが、目を覚ますと晴れていて、とてもさわやかな気分。霧島は、なんといっても朝が素晴らしいのですが、台風のあとの朝はまた格別。

 ただ、なぜか夜中に目覚めて、いろんなことを考え、ふと以前住んでいた妙円寺団地のご近所さんのことを思い出したりして。どうしてこんなことを思い出しているんだろうと思っているうちに、「許す」という言葉が重くのしかかってきて、ほほお、「許す」ねえ、と思いながら起きたのでした。

 なんというか、天からのメッセージというのでしょうか。不思議な気持ちのまま、母と妹が待つ実家まで車でお迎えに。ユタカ君はその間、霧島の家を掃除してくれます。妹の話によると、母はわたしが午前9時には来る、と言って待っていたそうで、12時半からの霧島での食事会に3時間前に到着、というのは、かなり早すぎ。わたしは午前7時半には家を出ないといけませんからね。無茶ぶりの母、さっそく大稼働(笑)。

 そして、実家に着くなり、「もち米、ある?」と聞きます。「ないけど」というと、三合分を取り分けて、わたしに持たせます。そして、小豆も煮てある、とのこと。牡丹餅を作りなさい、ということなのでしょうか。わたしの料理のラインにないメニューなので、少し戸惑います。お盆メニューを持たせようとします。儀式を尊ぶ母です。これから食事会だというのに。

 さあて、また霧島までトンボ帰り。片道一時間半、往復三時間。それを二往復して合計六時間の運転。自分の誕生日なのに、この労力の浪費は何だろう(笑)。母が珍しく食事会に行く、と言ってくれましたし、自分の誕生日というよりも親孝行のつもり。帰省している妹とずっと話ができて、よかったな。

 霧島の我が家について、お茶で一服して、うちから車で10分ほどの「オーベルジュ異人館」へ。3千円のコースで、美味しかった。どのお料理も丁寧に創ってあって、感動しました。シックな洋館で、落ち着いて食事ができて、かといって肩の凝らない雰囲気なので、思い切り母と妹とわたしの3人で、笑い転げました。ユタカ君は聞き役。高度な鹿児島弁ですからね。

 貸し切り温泉も予約してありましたが、母は行かない、と言います。車の中で待っている、というのを、レストランのなかで待たせていただいて、わたしたちは温泉へ。母はつぶやきます。「こんなところまできて、なんで温泉なんて入るの?」レストランの方が、雑誌を何冊か持ってきてくださって、おとなしく待ってくれそうなので一安心。

 母は食事しながら言います。「息子は優しいけど、娘は怖い。あんたたちに殴られそうだ」。ふーーん。東京在住の妹に「もう、帰ってこなくていいよ」と毎回言います。帰ってきてくれて、ありがとうね、じゃないんですね。美味しいね、と言いながら、その食事をおごっている娘に「殴られそうだ」、と言います。

 母は、こういうことを軽い冗談で言っているつもりみたいだし、自分はいつも被害者で、わたしたちはいつも加害者。みんなで楽しく笑っているときに、きつい冗談をつねに挟み込んでくる。え、何かしたっけ?と?マークが連続する会話。こき下ろすことが頭のいい印。でもね、批評というのは、愛があってこそなんだよ、という会話をすると、「え?そうそう、やっぱり批評が大事よ」と全く反対のことを言います。耳がかなり遠いし、自分勝手な解釈が多い。

 アガサ・クリスティーの「そして誰もいなくなった」の判事のように、正義をふりかざし、正義にもとる者は、殺されて当然、という態度。母に殺されはしませんが、母の論理に合わないものは、切り捨てられます。

 わたしたちが持っていくお土産なども、ほとんど受け取りません。持って行った矢先から「持って帰んなさい」と言います。もしかして、母は前世で誰かに毒殺されたんじゃないでしょうか(笑)。

 まあ、こういう会話は日常茶飯事ですから、まだ大きな声で、食事がまずい、と言わないだけでもいいな、と思うわたしたち3人。いつもよりずっと食欲があって、よく食べてくれましたし、いつもより笑顔が多かった。だから、よかった、よかった。

 62歳の誕生日は、やはり修業の日でした。母が少しでもしあわせを感じられるように、母性を発揮しようね、と言い合って、妹は東京へ帰りました。受容するという母性をあまり持ち合わせない母をもって、妹とわたしは「母性」について考えることができて、よかったな。とても勉強になりました。
 
 わたしたちは、やはり日々勉強を続けなければなりません。それは、自分が絶対である、というような偏屈な考えに固執しないように、世の中の多様な意見、側面につねに注意を払っておかなけれあいけないと思います。それは、他人の気持ちを想像する力でもありますし、自分の本当の気持ちをしっかりと見つめることのできる力でもあるでしょう。

 まるで子どものようになっていく母を「許す」。わたしにとっては、それは感情的なことではなく、教養としての自分の在り方のような気がするのです。誕生日の朝、天の声のように降ってきた「許す」という言葉は、なんだか上から目線な物言いのようですが、とても知的な言葉であると思います。

 学び続ける。あらためて、そのことを自分に課していこうと思います。そのなかでこそ、「許す」ことを学び、母性を学び、老いを学んでいくことができる。

 わたしにとって大きな仕事である8月24日の講演資料はほぼできあがり。明日、パワーポイントの写真を並べ替えて、年表を作って。まだまだ読むべき本もあるし、毎日、忙しいけれど、何とかなるでしょう。よく頑張った。まず自分を許してあげて、今日はいつもの晩酌をさらに豪華にゆっくりといただきました。ありがたいことです。

 8月17日の「令和ものがたり」@オプシアミスミでのユタカ君とのミニトークも好評でした。買い物中のお客様の足を止めるほどにはならなくて、ちょっと残念でしたが、トーク自体は大成功。30分のうちにあれだけ話ができて、よかった。ユタカ君がシナリオをつくってくれて、わたしは単に司会進行係でしたけど、ついついしゃべりすぎたのが難点。ま、いいか。ユタカ君とのトークは、いつも通りやればいいので、とってもやりやすいです。皆さま、万葉集の話とか、夫婦円満の秘訣とか、何でもお話に伺いますので、どうぞ呼んでくださいね。

 今日は、午前10時から伊作の「古典に親しむ会」で「古事記」の講義をしました。ご参加の皆様がとっても熱心に聴いてくださるので、やりがいがあります。わたしが講師をさせていただいている間は、参加者を倍にすることを目標にしています。霧島の我が家から一時間半もかかる伊作地区への出張講義は体力的にはしんどいですが、地方のこうした勉強会は大事にしたいなあ、と思います。どこへでも行きますので、どうぞお声をかけてくださいね。

 わたしの頭の中には、三つの構想があって、その具体化も進んでいます。とにかく頭で鮮明にイメージすること。24日の講演も、ばっちりの映像が決まっています。きりしま月の舟もオープンが延期になったことで、ゆったりした気持ちで構想を練ることができています。

 すべてはうまくいっている。母のおかげで修業ができて、ありがたいことです。これが母性溢れる母だったら、こんなに自立心を持てなかったかもしれませんね。わたしが接する若い人たちも、ご両親に溺愛されるタイプの人は、やはり仕事で依存心が出やすい。親との関係は、仕事によく現れます。溺愛され、期待されると、人間、つぶれるもんだなあ、というのがみたけきみこの見解。その反対もしかり、親から見捨てられると、さらにつぶれる。

 距離をもって見守る。その大切さ。批評という名の意地悪で、他人の人生に土足で踏み込まない。

 しっかりと自分を生きる。今を生ききる。さあ、明日もがんばろう。季節の変わり目、霧島もかなり涼しくなりましたよ。風邪をひかないように、お気をつけくださいね。
posted by kimiko at 22:33| Comment(0) | 日記

2019年08月15日

自分を生きるレッスンその567 21世紀型の地球の歩き方

 8月24日の講演「川端康成と鹿児島」@志學館大学のために、いろいろと勉強中。資料を整理整頓し、並べ替えて、順序立てて説明ができるように、パワーポイントを創ったり、あれもこれも読んでおかなきゃ。やればやるほどやることが出てきて、いやはや。

 というような気持ちで台風のなかを過ごしています。霧島はまだ雨が降り続いています。風はおさまりました。勉強、昼寝、ごはん、お茶、お風呂、と単純に繰り返しながら、12日から今日までを過ごしていますが、いやあ、いいですねえ。霧島はが安全だし、空気がいいし、窓から見える雨の風景もまた良し。

 8月17日は、オプシアミスミで「令和ものがたり」と題して、ユタカ君とミニトーク。19日は、伊作で「古典に親しむ会」で、「古事記」下巻についての講義。21日がひまわりクラス源氏物語、22日が百人一首と源氏物語きよらクラスの講義。24日が志學館大学で講演、25日が鹿屋へ文学散歩、26日が指宿。

 こうしてたくさんのことを勉強しながら、ひと様の前でお話する機会があるというのは、なんてしあわせなことでしょう。ありがたいなあ、と思います。世間的には引退の時期にあるわたしですが、これから生涯現役で働く気満々。あと30年、おしゃれで知的で健康で明るく笑顔と立ち居振る舞いの美しいわたしであることを願って、日々精進していきます。

 非常勤で「南九州の文学」を教えている学生さんたちが、わたしに出会えたことを歓んでくれていて、わたしもまたとっても嬉しい。「先生に会えて、成長した」「授業がとっても楽しかった」「いっぱい刺激をもらった」「みたけきみこ信者」だという子も。たくさんのことを学んでくれたようで、心からありがたいなあ、と思います。もちろん、わたしも素晴らしいのですが(笑)、学生さんたちの吸収力がすごいんですよ。素晴らしい若い子たちに会えて、とってもしあわせ。感動です。

 きっとわたしは20歳前後の若い人と接するのが得意なのでしょう。小さい子も大好きですけれど、若い子の背中を押すのが得意です。若い人は、才能いっぱい。人生これからだから、不安もいっぱい。きっとこれまでの価値観ではこれからの人生を渡り切れない、と直感しているんじゃないかな。わたしは安定志向じゃないし、21世紀型の地球の歩き方を知っているから、わたしも彼ら彼女らの心の扉を開くお手伝いをこまやかにします。とくにデリケートな「性」の渦中にいる20歳前後は、青春時代の「性」というものを乗り越え、達観し、ある意味、性の哲学を持っているわたしに、安心して近づいてきてくれる。ちょっと調子に乗って言えば、自由な発想を身につけている、といっていいかな。

 この30年、自由、ということを合言葉に娘たちを育ててきました。おかげさまで、娘たちは自由におおらかに育ってくれて、いまやわたしを追い越しています。年収もしあわせ度も。困ったことがあれば、すぐにはせ参じる体制もわたしのなかにはあるし、娘たちもやさしく私たち夫婦を受け入れてくれるし、それ以上のことは、娘といえど、できないしね。あとは信頼するのみ。しあわせを祈るのみ。

 まだまだわたし自身、もっともっと自由に生きますよ。思い通りの人生を、最高の人生を歩きますよ。最高にわくわくしながら。人生100年時代の素晴らしいモデルであるように、しあわせオーラを振りまいていきますよ。わたしのしあわせトークをとても熱心に聴いてくれる若者のために、美しく力強い言葉を発信していきますね。

 さて、明日の8月16日で62歳。来年の誕生日は、きりしま月の舟が完成している状態で迎えます。わたしの生活がワングレードアップしていますよ。2050年に93歳。そのときもわたしは今と同じように明るくリッチに暮らしていますわ(きっぱり)。

 こうして台風のなかでも不安を感じることなく、ゆったりとかつ充実した時間を過ごせているのも、まわりの方々のおかげ。感謝こそがしあわせの原動力。

 まずは、ユタカ君。同じ文学という分野で遊ぶことのできる人なので、それが何よりの救い。台風の中でも、ふたりで勉強しあい、特にあさっての「令和ものがたり」で万葉集のお話をしますが、ふたりで打ち合わせるのもとっても楽しい。意見の衝突ってないですか?とよく聞かれますが、「ない」ですね。昔はありましたけど。最近は、ケンカもほとんどしないなあ。ユタカ君とは夫婦ですから、身体のふれあいも充実していて、それがまたわたしの「しあわせ」を促進してくれています。ユタカ君って、けっこうスケベで、台所で料理していると、後ろから羽交い絞めにして、そっと抱きしめてくれます。それがいいんですわ(笑)。「かわいくて、頭がよくて、世界一だね」と言ってくれますしね。ま、強制的に言わせてもいますけど。

 あとは、親族たち。母、兄、妹、弟。一族の争いってないですね。みんな、わたしの活動を支援してくれます。母の言動がきついので、それでまいりますけど、母のおかげで、きちんとした生活ができているんだなあ、と思うようになって、あまり気にならなくなりました。明日は、わたしの誕生日祝いと妹の還暦祝いを兼ねて、わたしの提案で、素敵なレストランで、母、妹、ユタカ君とわたしの4人で食事会。妹のマシンガントークと母の毒舌にいかに耐えるか、わたしの修業の日でもあります(笑)。

 妹は、なんだかんだ、心根が優しくて、弱い人をほっておけないタイプ。よく転ぶようになった母をとても心配してくれます。わたしだったら本人の意思にまかせて、少し距離を置きますが、妹は、全面支援に出ますからね。そこでまた、人の世話になりたくない母と衝突なんですけどね。ま、90歳になったら、人に甘えて暮らすことも大事だと思うので、わざわざ夏に東京から帰ってきてくれる妹の存在はとてもありがたいです。感謝しきり。

 兄は「お前もよく働くねえ」と言ってくれますし、弟もわたしたち夫婦を理解し、支援してくれます。感謝、感謝です。兄嫁さん、弟嫁さんは、わたしにとって女神さま。凄いなあ、といつも感動します。何がって。わたしと妹が殺意すら感じる母の毒舌を馬耳東風でやりすごす人間力。半端ない。感謝しています。ユタカ君のお姉さまもすごい。いつもありがとうございます。大好きです。お兄様たちにも感謝しきり。甥っ子たち、そのパートナーさんにも感謝。

 月の舟の会員さんたち、チームきよらの若者たち、「きりしま月の舟」関係の皆様、霧島の皆様、友人の皆様、心から感謝いたします。

 明日になったら、また忙しいと思うので、ここで、62歳の所信表明をしておきます。

 しあわせで豊かで、文学の分野で精進を続け、講演、講座がいっぱいで、人と相和し、とびっきりの平和をわたしのまわりに創造していきます。世界一自由で、リッチで、おしゃれで、学び続ける女でいます。

 鹿児島は、台風の被害もなく、何よりです。まだまだ予断を許さない夏の日々、実りの秋を迎えられるように、皆様もお身体に気を付けてお過ごしくださいね。
posted by kimiko at 19:19| Comment(0) | 日記