2019年06月28日

自分を生きるレッスンその556 魂のしつけ

 京都4日目。明日は帰る、という日、孫のれなたん、まさかの熱発。昨夕、久しぶりのパパのお迎えで保育園から帰ってきて、さ、るい君と一緒に京都駅までお買い物に行こうか、と誘っても、なんだかゴロゴロして、動かないれなたん。うん?これはおかしいな、と思って、おでこを触ると、すごい熱。体温計で計らなくとも、育児歴30年のばあばにはわかる。これは38度越えだな、と。

 パパは夜の研修で再び出かけたので、れなたんにミルク粥を作ります。娘たちが小さい時も熱が出ると、これにしました。自分が好きなだけなんだけど、熱があるときは、ニンニクとお野菜をたっぷり入れたミルク、チーズとろりのお粥を作ります。れなたん、あんまり食べなかった。でも、納豆はひとパックぺろり。市販のアンパンマンの総合感冒薬を飲ませて、寝かせる。お水もいっぱい飲ませる。

 帰ってきたママとバトンタッチ。ばあばは、ふたたび家事に専念。おととい、近くのスーパーの本屋さんで見つけた魔法のクロス(雑誌の付録)で部屋中を拭きまくって、孫たちのタンスの中身を整理して、お婿さんが帰ってきたときに、「お、お母さんがいると、きれいになっとるわ」と感嘆させました。

 結局、この4日間、一日中マンションにこもって、家事をしております。ユタカ君とネットでやり取りをして、「月の舟通信」も何とかできあがり、今日は発送できるでしょう。今日は京都最後の日だし、どこかにリサーチに出かけて、美味しいひとりランチでも、ともくろんでおりましたが、保育園を休んだれなたんと遊んでいます。

 朝ご飯のしじみのお味噌汁をれなたんもるい君もよく食べました。ルイ君とママが出かけたあと、一緒に絵本を読んでいましたが、おばあちゃんはお勉強するね、と言うと、れなたんは、パソコンを打つわたしの横で、お絵かきを始めました。上手に色塗りをします。

 そうしていたら、「熱い」というので、じゃあ、ソファに寝ようか、と簡易ベッドを作ってあげると、横になったとたん、熟睡モード。熱があって、疲れたんだね。

 孫たちは、わたしを信頼してくれていますし、大好き、と言ってくれます。これは、大きな勲章です。うれしく、ありがたいなあ、と思います。

 前回、わたしはつい最近まで間抜けでのろまだったことを書きましたが、それを書いたあとに、「ああ、そうか、わたしって、自分のことを一流になるって、許可を出していいんだな」と気づきました。それは、とても大きな気づきで、ひとりひそかに感動しています。

 これまで「女性は勉強なんかしなくていい」とか「本を読むなんてダサい」「読書だけが人生じゃないでしょ」「中身より見た目が大事よ」という世間の声、自分の奥底の声に阻まれていましたけれど、読書の好きなわたし、勉強の大好きなわたし、目に見えないこと、スピリチュアルなこと、人間の真実に興味のあるわたしを肯定して、「超一流になる」ことへの道を自分に許可していいんだな、と強く思いました。

 超一流になる。それはひとりひとり描く未来図は違うでしょう。わたしの場合、90歳の誕生日まで稼ぎ続ける。あと約30年、あきらめないで、知的でおしゃれで、文学講座をいっぱいもって、講演もいっぱいして、きりしま月の舟を繁盛させて、周りを元気づけ、勇気づけていくのだよ。

 そのためには、健康、体力つくり、ダイエット、食事、勉強、組織づくり、などあらゆることに気を配って、理想の自分を創造していかないとね。

 これまで「ちび、デブ、ブス」と自分を卑下していましたが、それはよくないね。脳科学者の中野信子さんは「脳のしつけ」をして、自分をナルシストと言われるくらいほめましょう、とおっしゃっています。わたしたちは、ものすごい量の否定的な言葉にまみれているそうです。だから、自分を意識してほめてあげる。それが「脳のしつけ」。

 わたしも母から、良妻賢母になること、謙虚でいることをつねに諭されていますが、それはどうにもわたしの人生と噛み合わない。大事なことを教えてくれているとは思うけれど、それは母の、あるいは世間の理想であって、わたしの理想じゃない。そして、それは母のせいでもなんでもなく、世の中が個人の成長を許すほど、まだ成熟していなかった、ということなのですよね。

 わたしの理想は、そんな低いレベルじゃないのよね。だから、超一流になることを自分に許さないと。ちょっと恥ずかしいけれど。まあ、一流とかなんとか、言っているうちはまだまだ、なのかな。

 昨夜、熱のあるれなたんを娘に引き渡してから、わたしもベッドに入ったのですが、まあ眠れないこと。そのなかで考えました。「文化プロデューサー」という肩書きって、いいなあ、と。かごしま文化プロデューサーとして、鹿児島県の宝物を発掘して、情報提供していく。ひとりひとりの能力開発、鹿児島の文学の発掘、芸術関係でのプロモーション、などこれまでやってきたことが文化プロデューサーという言葉で、なんだかかっこよくなります。

 いつも単なる思い付きで、しかも、日曜の朝の朝寝のあとの思い付きを行動に移しただけのイベント企画が、どうも自分で思う以上に成功し、刺激的であるみたい。それをもう少し自覚的にやってもいいかな。文化プロデューサーという肩書で。きりしま月の舟でも、わたしらしい個性的な企画をいっぱいやりますよ。自分で自分が楽しみ。ワクワクします。

 「アラベスクの飾り文字」コンサートは、わたしが一段と成長した証になりますよ。ぜひ、皆様、7月11日(木)18:30〜、南日本新聞社みなみホールにお越しくださいませ。最高のおもてなしで、皆様をお迎えします。文化プロデューサー・みたけきみこの仕事ぶりもご覧あれ。

 孫育ても、文化プロデュースの一環かな。だから、愛をもって全力投球。若い人に教えることに目覚めたわたし。自分を育てる最初の30年、社会的活動の基礎を築いた30代から50代の30年、これから引き継ぎの30年。自覚的に、盲目的ではない愛を、次世代へ。次の世代が、平和で豊かで愛に溢れたものでありますように。

 皆様も素敵な一日をお過ごしください。自分をいっぱい褒めてあげながら。
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2019年06月26日

自分を生きるレッスンその555 夢を愛で支える

 昨日、非常勤講師をしている鹿児島県立短大の「南九州の文学」の講義を終えて、新幹線で京都に来ました。たった4時間半。駅弁食べて、読書して、昼寝して、スマホなどをいじっているうちに、もう京都だわ。いつもは飛行機なのですが、今回、意識して新幹線を使ってみました。やっぱりいいなあ。鉄道大好きだな。列車いいなあ。荷物検査とかないし、駅弁おいしいし、新幹線の座席も豪華でええわあ。ネット予約をすると、リーズナブルで快適、というのも今回の収穫。

 で、あっという間に京都の次女のマンション到着。ルイ君が待っていてくれました。5月が長女のところに2泊でしたが、今回は次女のところに4泊の予定。自分の講座がない月末を利用して、孫支援に来るのも、これで何回目だろう。長女、次女のところあわせて、多いときは毎月。そうでなくても2か月に一回は来ているかな。たいして役に立たない、かもしれない孫支援ですが、わたし自身が孫に会いたいのだわ。

 自分が仕事をもって忙しくしているときに、わたしの両親が娘たちを預かってくれたのは、本当にありがたかった。わたし自身もまだバリバリ仕事をしていますけれど、空いているときは孫支援。孫と遊ぶのが大好きなんですね。それに、るい君は小学4年生になりましたから、これからが大事なとき。ババアも出しゃばります。

 娘たちには決して言わなかった「勉強しなさい」をるい君には言っている。ダントツひとつ頭抜きんでるくらい勉強しなさい。スポーツも芸術もいっぱいやること。本を読みなさい。

 それは、今後の100年をしっかりと生き抜いてほしいから。教育というものの大切さを、きみちゃんおばあちゃんはようやく60歳にして知ったのだよ。娘3人は、まさしくほったらかしで、自由にのびのびと育ってくれて、教育ということなど考えたこともなかったし、女の子はたくましくて、自分からいろんなことを選択して、さっさとどっかへ行ってしまっていたけれど、なぜか、るい君には教育ということを考える。とにかく勉強が大事。読書が大事。

 自分でよい問いを立てて、それに自分で答えを出していく。それが勉強するってことじゃないかな。人生には難問が必ず立ちはだかるので、それをひとつひとつ丁寧に解決していく。10歳ごろからの人生の問題は、なかなか複雑になってきて、それまでの「自由」だとか「ありのまま」だとかでは解決できないことが多い。だから、大人が横からそっと背中を押してあげたり、ヒントになる本を差し出したり、時間の使い方、規則正しい生活の見本を見せたり、師匠であるような大人が必要だと思います。

 県立短大の学生さんとも、ノートを交換して、授業中の講座内容の疑問のほかに、みたけきみこオリジナルの「しあわせトーク」への感想なども書いてもらっているので、若い人たちの「問い」にきみこ師匠は丁寧に答えております。ノートに書くことで、自分と向き合うことができるし、ノート効果は大きいものがあります。

 わたしは師匠なので、あいまいなことは書かないし、かといって支配的ではない、というスタンスを守ります。県立短大の学生さんたちにやっているような教育をるい君にもやりはじめました。

 昨夜は、まず机の上の整理。プリントの整理。時間割の確認。忘れ物をしないように、ママに手渡す書類はないかどうか。そんなことをチェックします。娘たちにはたったの一度もしてあげたことがないし、わたしの両親も仕事が忙しくて、わたしたちの時間割など知りもしなかったでしょうね。

 母は、よく宿題を見てくれていました。算数の難問なんかも、兄と一緒に解いていました。頭がよくて、勉強が好きだったのでしょうね。その宿題ができているのは、わたしだけ、ということもあり、「きみこちゃんは、頭いいねえ」と先生に褒められても、母と兄が解いているので、わたしには説明できない、ということもありましたな(遠い目)。

 わたしは勉強の中身はあまり興味ないのですが、規則正しい生活とか整理整頓に気持ちが向きます。昨夜も一緒にるい君と机をかたづけながら、ああ、わたしって、小学生のころから、ほんと、間抜けだったなあ、と思い出に耽りました。

 今でこそ、時間に厳しく、規則正しく、整理整頓もまあまあできているわたしですが、つい最近まで、間抜けでした(笑)。遅刻するわ、忘れ物は多い、いつも夢見る夢子で、現実離れしている。現実離れしたまんま、60年を生きた。そして、子どもまで産んで、育てて、というか、育てたつもりで、ようやくるい君の孫育てのときに、教育に自覚的になった、というなんという遅咲き。

 実際、わたしはようやく最近になって、自分のやるべきことがわかってきたのです。文学講座で自立する。稼ぐ。世の中の人が定年を迎えるころになって、自分の使命に目覚め、人間の真実がかすかにわかってきて、やるべきことがあって、それが楽しくって、という時間がやってきました。

 ようやく掴んだことを、今度は孫たちに伝えたい。まずはるい君から。4歳のれなちゃんは、まだまだ教育なしで大丈夫。昨夜もわたしがお土産に持ってきた「つけあげ」をおいしそうに食べていました。「つけあげの似合う女」で、その食べっぷりが様になっている。れなちゃんは、同年代の子よりも頭ひとつ大きくて、ただでさえ堂々としているのですが、つけあげを食べるれなちゃんの態度、頼もしいわ(笑)。これからの鹿児島を背負ってくれそうな気配。

 若者たちに「大切なこと」を伝えたい。鹿児島の文学、日本の古典文学、という専門的な中身はもとより、勉強の仕方について教えたいな。人と人とのかかわりかたについて、自分の良いところの見極め方について教えたいな。

 よく言われますね。魚をあげるのではなくて、魚捕りの方法を教える。お金をあげるのではなくて、お金を稼ぐ方法を教える。勉強の内容よりも、勉強の仕方を教える。わたしの良いところは、直観力、行動力ですけど、それは最初からあったものではないですね。あんなにのろまだったわたしが、どうしてこんなに行動的で魅力的な(笑)女性になったのか、お教えしましょう。

 それはね、めちゃくちゃ、本を読んでいるからですよ。その読書量は半端ないですよ。だんとつ頭ひとつ抜けるくらい読書しているからですよ。特に女性は「知的である」ことに腰がひけますけれど、わたしは読書というものの効用について、語っても語り切れないくらい恩恵を受けています。

 好きなことがいっぱいある。料理でも、旅行でも、わたしは一流の本を読みます。調べまくる。読みまくる。読み倒す。その蓄積が60年目にして、大きく花開きました。だから、これからの人生に不安がないですね。人間も一流の人とおつきあいするといいですよね。それは権威ある人とかではなくて、働き者で、正直で、純粋で、気持ち良い人とのおつきあい。

 本というのは、「一流「」がたかだか千円くらいで、そこに転がっているようなものですからね。ユタカ君も読書量が半端ない。そこがまたいいですね。適齢期のころ、母は「本が好きなんて言ってはいけません。結婚できなくなるからね」と諭していましたが、今ようやく、「わたし、読書が大好き、それで成長できてます」と大きな声で言えるようになりました。

 知ったかぶりはよくないし、とことん勉強してもしても追いつかないくらい、世の中って深いのですが、知的であることを、もっと自覚しないといけないな、と思うこの頃。

 京都までの新幹線で読んだ本は、ソニア・ショケットさんの『いいことあります』。「心からの願い」をどうやって叶えるか、という本です。もう何回読んだでしょうか。読むたびに新しい発見があるのですが、今回も、収穫がありました。

 人は夢を追いかけるときに、選択というのは不可欠な要素。そのときに、夢を愛で支えるか、不安で支えるか、その選択が大事と、ソニアさんは言われます。そうか、選択するときの愛と不安の分岐点って、考えてなかったな。些細なことですけど、大事だなあ。

 もちろんわたしたちは夢を愛で支えるべきなのです。「不安」というのは、へらへら生きていると、汚い家のゴキブリみたいに増殖します。そんなゴキブリを増殖させてはいけない。だから、不安を感じたら、ふっと避ける。そして、愛を思い出す。

 夢を実現するとき、愛で支える。知的でおしゃれな、ばりばり仕事して稼ぐ90歳になる、というわたしの夢を実現するのに、読書への愛、勉強することへの愛が不可欠。自分が好きなものへの自信、信頼。自分への信頼。

 ルイ君に自由で知的で立派な大人になってほしい。だから、愛で支える。ルイ君は嫌がらずに、おばあちゃんを受け入れてくれているようです。ふてくされた物言いを、きみちゃんおばあちゃんは許しませんからね。厳しいですよ。ルイ君にだけ。これって、きみちゃん史上、初の厳しさだな。

 鹿児島では、ユタカ君が「月の舟通信」編集、発送の真っ最中。鹿児島と京都をネットでふたりやり取りをして、通信を仕上げているところ。便利な世の中ですわ。

 「アラベスクの飾り文字」コンサート、いよいよ7月11日の本番に向けて、情熱が盛り上がっているところ。「月の舟通信」は、その特集号です。「アラベスクの飾り文字」は、宮沢賢治の詩の一節なんですよ。VOICE SPACEのメンバーのこと、彼らが大切にしていることなどを特集しました。

 6月23日には、VOICE SPACEの顧問である佐々木幹郎先生のインタビュー記事が南日本新聞に掲載されました。その同じ日、VSのメンバーで、今回、霧島国際音楽祭に初参加の小林沙羅さんがリハーサルで鹿児島においででしたので、空港でご挨拶することができました。

 世界的なソプラノ歌手の小林沙羅さん、とってもチャーミングで、かわいくって、素敵な女性でした。ついつい話し込んでしまいました。こんな風に一流の素敵な方たちと交流できるしあわせ。

 ぜひぜひ、7月11日(木)18:30〜、南日本新聞社みなみホールにて、「アラベスクの飾り文字」コンサート開催。宮沢賢治、中原中也、まどみちお、谷川俊太郎、佐々木幹郎、暁方ミセイさんたちの詩に音楽が響きあうコンサートです。

 先日、県立短大の学生さんたちに彼らの音楽を聴かせたら、若者たち、ものすごい反響でした。鳥肌たった、と言ってました。頭でっかちの言葉を初期化し、あたたかな言葉を求め、発信している若者たち、これまでの詩人たち。

 新しい時代の予感。「アラベスクの飾り文字」の詳しいことはまた書きます。さ、わたしも頑張ります。いまから、買い物、掃除、るい君が学校から帰ってくるのを待って、おやつの時間。夕食も栄養たっぷりなものを用意して、れなちゃんの保育園のお迎えに行きます。

 皆様も素敵な一日をお過ごしください。
posted by kimiko at 13:24| Comment(0) | 日記

2019年06月17日

自分を生きるレッスンその554 上機嫌のススメ

 田辺聖子さんが亡くなりました。6月6日、91歳。大好きな作家さんで、ご著書のほとんどは読んだんじゃないかな。日本古典文学への造詣の深さ、ユーモアたっぷりなエッセイ、素敵なタイトルの小説群、どれをとっても田辺聖子というスタンプが押してあるところが素晴らしかったな。

 わたしは、田辺聖子という作家さんと同時代を生きたから、この仕事をしている、と言っても過言ではないですね。イギリスから帰ってきて、母校の大学院に進学したはいいものの、大学の先生への道は厳しく、わたしの未来はどうなるのかしら?と思って不安がいっぱいだったころ、田辺聖子さんの本をうず高く積み上げて、たぶん一日に10冊くらいずつ読破していましたね。

 そして、深く癒されました。わたしの人生スタイルのいくつかは、田辺ワールドからのコピーです。たとえば、赤い靴が履きたい、と思ったら、店員さんが他のを薦めても断固として赤い靴を買うとか、夫が仕事に出かける直前に、なぜかその気になってしまったら、それに応えるのが「良い妻」の条件であるとか、夫婦げんかをして、夫が食器棚のお皿を全部割ったら、「ああ、せいせいした、これで新しいお皿が買えるわ」と思うとか(この事例はうちの夫にはありませんが、この居直りがいいな、と思っています)。

 さすがに巨大なスヌーピーはうちのリビングにはありませんが、やりたいようにやる、他人の憶測を気にしない、ユーモアたっぷりに生きる、というのは本当に勉強させていただきました。だから、大学教授の道は険しすぎて、どうにも切り開けないな、もう子どもも3人できて、何どころでもないし、どないしょ、と思っていた時に、論文を書くよりも、ユーモアたっぷりの田辺聖子さんみたいなエッセイが書きたい、と強く思って、こうしてブログを書くようになりました。そして、今があるのです。

 ユーモアたっぷりのブログを書いて、人を癒したい。それがモノを書くことの醍醐味だと思って、書き始めて以来、論文らしきものはほとんど書いていませんが、研究もどきのことはずっと続けてきて、文学研究者としての側面もきちんと保っているつもり。結局やりたいことをとことんやることで、本当に素敵な人生を送ることができています。ありがたいなあ。その原点が、田辺聖子さんなのです。

 田辺さんは、上機嫌であることを人間の到達点の最高峰に位置付けておいでです。それも素晴らしいなあ、と思います。不機嫌になることはほとんどないけど、明るく怒ることの多いわたしの到達点は、前回書いた「好きなことに熱中して、最高のものを提供する」というスタンス。それを上機嫌にやっていけたらなあ。

 田辺聖子さんがわたしのモデルであったように、わたしもまた、若い人たちのモデルでありたい、と強く思います。3人の娘たち、チームきよらの若者たち、月の舟の会員さんたち、短大の学生さんたち、わたしが出会う方々に恥じることのない人生を提示していく。それがわたしの生きがいです。もちろん、みんなの期待に応えるというスタンスではなく、「自分を生きる」ということにおいて、とことん自分の力を追究していきたいと思うのです。

 「好きなことに熱中する」の「好きなこと」を20種類くらいもつことも、そのモデル化への道かな。文学講座をやる。イベントを企画する。食べることが好き。孫と遊ぶのが好き。ユタカ君が大好き。着物が好き。ピアノが好き。音楽が好き。美術が好き。バレエが好き。散歩が好き。コンサートが好き。お祭りが好き。神社が好き。古典文学が好き。旅行が好き。人間が好き。あ、そうそうお金も好き。お金を稼ぐことが好き。働くことが好き。若者が好き。

 きみこ先生は何でもできるんですね、とよく言われるのですが、それは単に好きなものがいっぱいなだけ。好きなことしかしない。嫌いなことはしない。それを徹底する。介護と名がつくと、何だか腰が引ける。でも母のことは気にかけて、親孝行の真似事をしたいから、明日も母のところに寄ってみる。買い物は忙しいあなたはしなくてもいい、と言われても、母が好きだろうと思うものを買って届ける。頑固な母の心を溶かすことをしてみる。何よりも上機嫌にわたしなりのやり方で。

 6月15日(土)が、わが母校・日本女子大学の同窓会組織・桜楓会の総会&全国支部長会で、14日から昨日まで東京でした。所沢の長女のところに2泊しました。孫たちのかわいいこと。おばあちゃん、明日も泊まってね。次、いつ来るの?おばあちゃん、お散歩、行こう!ぼく、おばあちゃんの隣りがいい、と大人気のきみちゃんおばあちゃん。

 14日の夕方は、孫たちと買い物に行って、餃子を75個作りました。孫たちは前回作ったのが楽しかったらしく、「おいしくなーれ」餃子、「おいしくなーれおばあちゃん餃子」と叫びながら創ってくれます。その楽しいこと。ああ、孫がいるって、こんなにしあわせ。

 そして、素敵な子育てをしている長女に感謝しきり。お婿さんにも感謝、感謝。いつも泊めてくれて、ありがたいなあ。

 15日は、総会&全国支部長会。わたしはもう支部長引退ですが、今回新支部長さんの都合がつかなくて、わたしが行ってきました。そして、7月7日開催の鹿児島支部総会のご案内を九州各支部の皆様にすることが今回の使命。ところが、いつも九州各支部の皆様とはご一緒の部屋なのに、今回はバラバラで皆様を探すのが一苦労。でも、顔見知りの方ばかりで、何とか連絡。あと2人の方と連絡つかず、何となく心にもやもやが残りましたが、まあ、これは次の支部長さんへの仕事の橋渡しということで、上機嫌を維持します。

 おかげさまで、初顔合わせの久留米支部長さんと、何とバス停でばったりで、しかも「このカード使えますか?」と聞かれて、「あ、このカードを持っているということは、もしかして九州の方?」とご一緒した佐賀支部長さんが言われて、「あ、わたし、久留米です」となって、「あ、みたけさんを探していました」となり、何だか神様がひきあわせてくださったみたいで、超嬉しい。

 大好きな後藤祥子先生にもお会いできました。後藤祥子先生は、気配りの方だけあって、うちのユタカ君の大ファンだとおっしゃって、「ご主人、お元気?」とお声かけくださいます。蟻川芳子桜楓会理事長から「みたけさんが支部長引退とは寂しいわね。名物支部長だったわ」と言ってくださって、それもまた嬉しい。

 幸せな気分で、目白駅で三女と待ち合わせをして、お茶タイム。目白のカフェの充実ぶりは凄い。三女と入った珈琲屋さんはルーツが北海道とのことで、はちみつトーストについていた生クリームが絶品。それにフレンチコーヒーの合うこと。わたしの好きなもののひとつに「カフェ」という項目もあるので、とっても参考になり、嬉しかったな。

 そして、野球観戦に行っていたお孫ちゃんとお婿さんと待ち合わせをして、みんなで夜は中華。長女はお仕事で遅いとのこと。よかよか。ママがいるからね。まかして、ということで、野球観戦のために朝早くからお弁当を作ったり、と忙しかったけれど、中華の黒酢酢豚がこれまた絶品で、癒されましたわ。「あれ、お母さん、今日は食欲ないんですか?」とお婿さんに怪しまれて、「そうなの、お茶してきちゃったからね」と言いつつ、はちみつトーストでお腹いっぱいなのに、また中華パンを頼んで、黒酢酢豚のソースも平らげました。

 そして、昨日は三女の新しい職場見学で高級オフイス街へ。いやあ、凄いわ。東京生活20年近かったわたしは、この近辺はほとんど出かけていないのですが、こんな高級地で働く娘を尊敬することしきり。わたしにはOLになるという選択もなく、こんな凄いビルで働きたいという願望もなく、ただの田舎娘で鹿児島に替えてきましたが、それなりに独立して、自分の道は歩いてきたかな。近くのホテルで一緒にランチしましたが、これまたサラダが絶品でした。母が築いてくれたよく働く贅沢の道を、わたしの娘たちが花開かせているかなあ。よく働き、贅沢もする環境を作った母にも娘たちにも感謝しきりの一日でした。

 そんなこんなで、食べまくりの東京3日間でしたので、今日から炭水化物ダイエット開始。ところが、急に大好きなI先生が都城までおいでだというので、じゃあ、途中で霧島でお蕎麦でも、ということで、ダイエット開始2食目で、あえて挫折。はやっ!ま、許してあげましょ、わたし。だって、いつもながら「がまこう庵」のお蕎麦は絶品で、I先生も歓んでくださいましたからね。

 今週も忙しい。バカみたいに忙しい。けど、上機嫌で頑張ります。皆様も、上機嫌な一週間をお過ごしくださいませ。

 あ、今日は満月ですよ。新しい境地への転換地点らしいです。
posted by kimiko at 16:28| Comment(0) | 日記