2019年05月31日

自分を生きるレッスンその550 鬼婆の笑い

 昨日、「月の舟通信」370通を発送しました。「西條八十うた散歩」の様子、6月の月の舟講座のご案内などを掲載しました。「きみことワインを」という巻頭言は、楽しみに待ってくださっている方が多いので、いつも気合いを入れて書きます。今回も、気持ちよく書けました。

 「月の舟通信」は、今回で92号。月の舟をオープンしてから一度も欠かさず毎月発行しています。その前が「さんぽ」「木家通信」など「かごしま文化研究所」時代から、紙媒体での通信は、毎月欠かさず発行しています。ほとんどギネスブックもの。世界遺産にならなくても、鹿児島遺産くらいにはなるかもなあ。

 いまやSNSの時代、わたしもFBのヘビーユーザーで、今後LINE、ツイッター、インスタなどもマスターしたいと思っていますが、電子機器よりも紙の方が好き。キンドルも持っているし、電子ブックも違和感はないのですが、紙の本の方が落ち着きます。だから、「月の舟通信」も電子版にしていくのが今風なのですが(今後、電子版にしていく予定でもあります)、どうにも紙媒体の通信が、わたしもユタカ君も大好き、ときている。

 で、「月の舟通信」の編集、発送が全く苦にならないばかりか、それをとても楽しみにしている、という時代遅れのみたけ夫妻。ふたりで黙々と通信やチラシを袋詰めするときは、音楽をかけたり、お客様がいらしたのを機に一緒にお茶をしたり、手伝っていただいたり、とか。楽しく、ゆるゆるとやっております。

 この夫婦ふたりのゆるゆる感覚で、「きりしま月の舟」も運営していこうなあ、と思っています。もしどちらかがくたばったときには、ひとりでゆるゆるとやっていこうなあ。

 さて、昨日は、午前がわたしも委員に名を連ねている大切な会議、午後から母のところで梅ちぎり、その後、「月の舟通信」を仕上げて、発送したという次第。通信はだいたい3日で、ユタカ君とふたりで編集・発送ができるようになりました。

 2か月に一回の会議は、とても濃厚で資料の読み込みも必須ですし、専門用語が多いのですが、わたしなりの立場で関わらせていただいていることをとても光栄に思っています。今回も目いっぱい参加して、その後ユタカ君と一緒に、母のところまで行きました。案の定、豪華なお昼ご飯を用意してあります。とんかつ、ナスの天ぷら、お味噌汁、ごはん。全部、母の手作り。90歳でここまでやる母は偉いと思うのですが、「ああ、美味しかった」と思って箸を置いているわたしたちに、お替わりをしないと「どうしてそんなに食べないの?」と言うので、「あのね、わたしもユタカさんも60歳を過ぎているんだから、そんな若い人みたいにはお替りしないよ」と答えます。母はまだ自分が60代、わたしたち夫婦が30代くらいのつもりでいるようです。そんなに馬みたいに食べられないよ。60歳を過ぎて、子ども扱いされるというのは、あまり気持ちの良いものではないです。たかだかお昼ご飯を食べるだけで、何だかげっそりと疲れる母との時間。

 で、梅ちぎり。今年はあまり実がなっていないようです。わたしたち夫婦は、仕事があるからということで、全く実家の梅ちぎりだの梅干し作りだの味噌つくりだのから戦力外通告をされて、一度も「梅ちぎりに来てくれる?」と言われたこともないし、やろうか、と言うと、「あんたみたいに忙しい人は来なくていい」と強く言われるので、できあがった梅干しやお味噌を取りに行くだけ、という生活が続いていました。兄嫁さん、弟嫁さん、甥っ子のお嫁さんたちが、よく手伝ってくださって、ありがたい限り。ユタカ君は、実はそういう作業が大好きなので、自分でラッキョウを漬けたり、梅干しを漬けたりしているのですが、母の脳は男性が家事をすることを忌み嫌う分野が発達しているので、ユタカさんがそんなことが大好き、と言っただけで、毛虫が出た、くらいの扱いになります。

 しかし、最近、母のお手伝いさん(もう、かれこれ30年以上、実家で働いてくださっています)が足を怪我されたので、わたしたちにお声がかかりました。わたしたち夫婦も、そろそろ母の介護とまではいきませんけど、お昼ご飯を一緒に食べる回数を増やしたり、買い物につきあったり、ということはしないといけない、と思っていましたから、ちょうど良い機会。それに、母の方から珍しく「相談があるのだけど、30日に梅をちぎってくれない?」と言われたので、「いいよ」ということになった次第。

 お天気も良く、梅ちぎりは楽しかったな。弟嫁さんも手慣れているし、ユタカ君はこういう仕事となると、俄然張り切るし、「さすがに男手があると、違いますね」と言われるくらいの働きをします。で、今年は梅が少なかったこともあって、ものの一時間で梅ちぎり終了。

 梅をバケツに入れて、軽く洗って水に浸していると、母が「あんたたちは、忙しいんだから、早く帰りなさい」と命令します。「お茶くらい飲ませてよ」と言って、しばらく弟嫁さんも一緒になってお茶をします。弟嫁さんの優しさ、たくましさにはほんとに脱帽。ありがたいなあ、と思います。

 母は最近、耳が遠くなっているので会話に不自由するのですが、それ以上に、母の毒舌に疲れます。わたしのファッションチェックはなくなっても、何かしら、他人を批判することで自分を保ちます。だから、5分に一回は、「どうして帽子をかぶらないの?」「どうして、そんなに葉っぱだらけにするの?」「どうして梅を日向に置いておくの?」というダメ出しの連続で、気が滅入ります。その上に、今日は陽射しが強いから、日蔭にいてね、と言っても、重いバケツを抱えたり、とても90歳とは思えない労働をやろうとします。

 そんな母を見て、ふっと気が付きました。ははあ、こんな風に他人を批判するのは、自分が責められないように、という防御なんだな、と。お姑さんや小姑さんにいじめられた母は、他人を苛めはしないけれど、「批判」することで、自分の正当性を保とうとするシステムが脳のなかにできあがっているようです。

 20世紀に流行った「気の効く女性」であるために、世の中や他人を「見張って」、つねにチェックして、ダメ出しをする。その間に、自分がダメ出しをされないように機敏に動く。

 母の毒舌はちょっと言葉を替えるだけで全部優しいまなざしになります。「帽子をかぶりましょ。あら、忘れたんだったら、タオルでもいいわね」「あら、葉っぱまでいっぱいになったわね」「はい、この梅のバケツは日蔭に置いてくださいますか?」だけで済むところを大げさな物言いになってしまう。

 先日、「西條八十うた散歩」のときに着ていた着物は、全部母のもの。豪華で素敵な着物を、母はいっぱい揃えてくれています。それはわたしの娘たちのところにも届いていて、娘たちも着物が好きです。貧しい鍛冶屋の娘が、同じく貧しい鍛冶屋の息子と結婚して、わたしが産まれた頃に、その当時最先端のガス屋をはじめて、時代の波に乗って、わたしは経済的に不自由なく育ちました。わたしがのほほんと育っている間に、母は必死でお茶やお花をマスターして、着物の着付けもマスターして、セレブな奥様の仲間入りを果たしたんだな、と今回ようやく気が付きました。

 いっぱい悔しい思いをして、編み出した毒舌批判戦法。セレブな世間ではあまり使わないようですし、批判は亡き父とわたしと妹に集中していますけど、それがひとつの生きる道だったんだな、と今では理解できます。でもね、その批判の仕方は間違っている。ちょっと言葉を替えるだけでいい。それを優しく教えてあげるのが、わたしの役目かなあ、と思っているところ。でも、きっと母は変わらないから、適当に付き合いますけどね。

 お手伝いさんが怪我をされたことで、母のまわりの力関係が変わっていく予感。わたしが実家に出向けば出向くほど「きみこは遺産目当てで来ている」くらいなことは言われるでしょう。でもね、いいんです。そんなとき、わたしは「そうだよ」と言えばいいだけのことです。

 「鬼婆の笑い」を自分のものにする。そんなことを最近考えています。心屋仁之助さんが口を酸っぱくして力説されている「ゲスイ女になる」ということをマスターしないといけない。

 女性たちは「優しさ」だの「いい人」「きれいでよく働く」だの良妻賢母だのを強要されてきました。我慢ばっかりして、大変だった。でもね、いいんですよ。親不孝な娘でも、家事のできない女でも、働かない怠け者でも、いいんですよ。そういう自分をいったん許す。

 わたしたちは、人間として最高に神様に近づく慈母的存在でもあるけれど、最低の鬼婆の笑いで世間に「ざまあみろ」と唾を吐くような部分だってある、いやあな存在です。自分の鬼婆部分を観察して、そしてああ、わたしにもそんなところがあるんだ、と認めてあげさえすれば、その鬼婆はおとなしくなります。自分のゲスイ部分を許してあげると、鬼婆がいるのさえ気が付かなくなります。

 わたしの強さは、たぶん「鬼婆の笑い」を知っているところにある、と思う。自分のゲスイところを、優しく許してあげる慈母的な部分が勝っているから、強くなれる、と思う。

 自由に振る舞うわたしを見て、「きみこ先生はいいですね、羨ましいなあ」とよく言われますが、いろいろ痛い思いをして、こんなに優しく女神のようになりました(笑)。いえ、自分のなかの嫉妬心だの、鬼婆だの、ゲスイところをきちんと見て、さよならしさえすればいいんじゃないかな。たまにまた鬼婆が出没したら、慈母を出演させて、バランスを取れば、最強ですよ。ぜひお試しあれ。

 で、母のところを辞して、月の舟に戻って、通信を370通分袋詰めして、発送を澄ませて、霧島まで帰ったという次第。今朝、ユタカ君は出勤。やることがいっぱいだそうです。わたしは霧島に残って、今日は家の掃除。そして、ブログ書き。そして、勉強。

 わたしの人生の目標は、「学び続ける」こと。それは、成長し続けることでもあります。
いくつになっても、学び、成長する。わたしに引退はありません。わたしにとっての学びは、人間の心。そこに一番の関心があります。ここを極めたい。そして、わたし自身は、おしゃれで知的でありたい。身体を鍛え、食事を整え、整理整頓をし、ひとコマひとコマの授業を最高のものにする。そこをベースにイベントをする。

 わたしには最高のパートナーがいるので、本当にしあわせ。きっと彼が死んでも、わたしが死んでも、その信頼関係は揺るがないと思う。本当の信頼関係とは、相手がいなくても大丈夫、という距離感。ひとりでも大丈夫という自立心。

 わたしは世の中に勇気を与えたい、希望をふりまきたい。そのためには、自分の心を整え、限りなく自由であること。ネガチィブな部分、鬼婆的な部分をきちんと受け止める強さがないとね。21世紀は、ますます個性の時代になるでしょう。単純作業では自立できない時代になっている。単純作業はみんなAIがやるでしょうからね。自分の個性を生かして、磨いて、多角的に輝く時代。

 成長とは、五感を磨くこと。頭と身体だけじゃないのですよ。聴覚、視覚、嗅覚、触覚、味覚。わたしの得意分野は、嗅覚と触覚と味覚。耳も悪いし、眼も悪い。でもあきらめないで、しっかり弱い部分も磨いて、得意分野ももっと磨きますよ。

 さあ、勇気が湧いてきました。7月11日(木)のVIOCE SPACEのコンサート、「アラベスクの飾り文字」、楽しみです。今も彼らのCDを聴いているのですが、何だか、平家琵琶だの、古代の音楽を聴いているような感覚。大好きな詩人、佐々木幹郎先生が顧問をされているVOICE SPACE。東京芸術大学出身の凄い集団。今回は、国際的なソプラノ歌手・小林沙羅さんはじめ、エネルギッシュな4人組で西日本ツアーをされます。そんな彼らのコンサートツアーの窓口を月の舟がやらせていただけるという光栄。

 <音>って何だ?<声>って何だ?佐々木幹郎先生にお会いするのがとっても楽しみ。7月12日は、月の舟@新屋敷で、佐々木先生の詩の朗読会をやることになりました。午前11時から12時まで。中身を考えるのがまた楽しみ。皆様、気軽においでくださいね。7月11日午後6時半、12日午前11時ですよ。

 若い芸術家たちとの交流、ほんとに楽しい。チームきよらのメンバーが大好きでたまらない。佐々木幹郎先生とVOICE SPACEとの関係も、わたしたち夫婦とチームみよらみたいな関係だと思います。こんな素敵な関係の輪をどんどん広げていきたいなあ。

 喧嘩とか奪い合いとか批判とか、もういいなあ。飽き飽きしたなあ。わたしはただただ愛を振りまきたい。この世の中が平和でありますように。孫たちの時代が、ぐんとよくなりますように。

 皆様も素敵な金曜日をお過ごしください。
posted by kimiko at 12:09| Comment(0) | 日記

2019年05月26日

自分を生きるレッスンその549 わたしは、これでいい。

 5月24日(金)開催の「西條八十うた散歩」、大盛況でした。感動、感動、感動!心地よい疲れのなかで、このブログを書いています。

 いつも以上に、今回はたくさんの方のお力をたっくさんいただきました。まず、出演のチームきよらのメンバー。打ち合わせ、ポスター・チラシデザイン、編曲、音源さがし、うたの暗譜。ダンスの構成。ひとりひとりのレベルが高いので、安心しておまかせできます。

 又吉秀和様、全く知らない昭和歌謡の世界を自分のものにされましたね。あなたのさりげない努力と気配り、いつも感服します。イケメンの上に、性格も良くて、どうしましょ。これからさらに「王将」で大ブレイクですね。

 麗華師匠、今回は、チラシデザイン、編曲、といっぱいお仕事してくださいました。編曲が素晴らしかったな。さすがです。どんなことにも動じない精神力が何よりも魅力です。

 又吉のぞみさま、着物がよく似合っておいででした。安心してのぞみさんの声を聴いていました。本来のオーラの強さがよく出ていましたよ。

 玉川智美様、お母様逝去のあとの大変な時期に、淡々とこの仕事に向き合っておられて、そのクールさが素晴らしい!短時間でイベントのエッセンスを掴み取る能力はピカ一ですね。「かなりあ」のダンス、本番では、わたしモニターでちょこっと観ただけだったので、先ほどビデオを見返して、あまりの素晴らしさに感動でした。

 次に月の舟の皆様。月の舟合唱団の皆様が、合唱クラスでの練習にはじまり、本番での東京音頭、おはら節の踊りなど、いっぱいこなしてくださって、心から感謝します。ありがたくて、涙が出ます。

 また月の舟会員の皆様のお顔が壇上から見えると、心から安心しました。「先生、頑張って」という愛のまなざしがいっぱい。皆様の優しさと知性は、鹿児島一です。ほんと、わたしって、愛されてます(笑)。そして、わたしも月の舟の皆様が大好きです。

 そして、着付けの福嶋先生、りよさま、佐々木さま、着物三人娘には、本当に助けていただきました。急遽、ソプラノののぞみさんも着物を着よう、ということで、わたしとのぞみさんの着付け、そして、又吉秀和君の「王将」はやっぱり袴だよね、ということで、月の舟会員の桜井さんの袴をお借りして、福嶋先生に着付けていただきました。受付業務も着物姿で手伝っていただき、本当にありがたすぎます。ピアノの麗華先生は、着付けがとても上達して、今回の本番では、帯留めをト音記号風に〆るなど、凄いレベル。わたしも早くひとりで美しく着られるようにならないとね。

 受付業務の清水さん、きほちゃん、ありがとう。とっても助かりました。いっぱい働いてくださいましたね。今回は理事長が舞台に立ったので、受付業務その他の事務的な部分が空白になるところを、清水さんたちに助けていただきました。感謝します。

 これから「きりしま月の舟」を建ててくださる大工さんの味園さん、舞台裏の力持ち部門で活躍していただくつもりが、受付に貼りついていただくことになりましたね。少しでも月の舟イベントの様子を知っていただきたくて、お手伝いをお願いしたのですが、お願いしてよかったな。楽しく仕事をされる方で、こちらもありがたかったです。これからもいっぱいお世話になります。

 ビデオ撮影係のデザイナーの村山さん。先ほどもビデオを観ていましたが、感動しますね。こちらも安心しておまかせできたので、自分の仕事に集中できました。写真もいっぱいありがとうございます。
 
 ピアノ調律の武田さん、ありがとうございました。ヤマハで正解だったかも。スタンウエイは響きすぎるので、ソロで弾く分にはいいですけど。細やかな調整、ありがとうございます。「かなりあ」編曲の新屋満規さん、とっても素敵な音の流れ。ありがとうございます。

 サンステージの増田さんには大変お世話になりました。サンエールかごしまの講堂は、増田さんたちスタッフのおかげで美しく運営されていますね。今回、演出の先生を頼まなかったので、わたしの企画・演出で事が進んでいきましたが、やはり舞台のこととなると増田さんたちプロのご意見が本当に役に立ちました。打ち合わせの段階から、積極的にかかわってくださって、ありがとうございます。「旅の夜風」のCDもありがとうございます。照明の方の仕事ぶりには感動しました。短い時間であれだけの素敵な色の変化を考えてくださって、本当に嬉しい。照明、とっても評判が良かったです。

 夜の部の飯田伸二先生、竹本寛秋先生、おふたりとのトーク、楽しくて、しあわせすぎました。奥深い知識、広い知識、あいまいなことを言わない学者魂。本当にこうした学者魂が大好きなわたしは、おふたりもさらに大好きになりました。目からウロコの発見続きでしあわせでした。素敵なトークをありがとうございます。

 さらに何と言ってもユタカ君。西條八十先生に扮するというアイデアは彼の発案。やっぱり出るときには、「おれ、西条秀樹でいくからね」と三日前くらいに言い出して、自分で小道具を買ってきて、そのなかに「かつら」があったのには驚き。百均のアフロヘアかつらでしたけど、「これはやめてほしいな」というわたしの願いを聞いてくれました。演劇の好きなユタカ君は、楽しそうに役者をしていましたよ。わたしたちのトークが「仲の良い夫婦みたいだった」というご意見もあって、だとしたら、わたしの演技力のなさですかね(笑)。でも、おかげさまで、楽しいトークになりました。

 メディア関連の皆様、あたたかい広報をありがとうございます。とってもとっても助かりました。自称・月の舟営業部長のHさんはじめ、チケットを売ってくださいました皆様、ありがとうございます。

 何よりも、ご来場くださいました皆様、心から感謝いたします。あの方、この方、ロビーでお会いした皆様にはお礼を申し上げることができましたが、お礼しそびれた皆様、またお花や差し入れをくださいました皆様、心から感謝いたします。

 そして、わたくしこと、みたけきみこ。よく頑張った。よくやった。演出家でもない上に、単なる思いつきをぱらぱら突き出すわたしに、若者たちもあきれることなく、よくつきあってくれます。ピアノの麗華先生いわく「もう、慣れました」ですって。ということは、慣れない時期があったってことね。申し訳ないなあ。

 でもね、わたしは、これでいくしかないのよね。直感がものすごく発達しているわたくしですもの。この直感を常識で封印できないんですよね。今回はとくに、「わたしは、これでいい」と自分を励ましながら、先に進めていました。向田邦子さん風に、「反省しない」。曲の順番もころころ変わりましたけどね、結果、いいものができましたね。これもまた、わたしの才能です(笑)。

 思いついたことを封印しない。人に迷惑をかけることを怖れない。迷惑をかけて、協力していただく。それがきみこスタイル。協力していただけないことは、あきらめも早い。どんどん前に進みます。他人様にめちゃくちゃ愛をばら撒いて、他人様からもいっぱい愛を頂いております。だから、わたしは、これでいい(キッパリ)。

 今回は、昼夜2公演で、昼と夜の部の内容が若干違う、というところもあって、シナリオを仕上げるのに、時間がかかりました。前日のリハーサルで、また内容を替えたので、シナリオを書きなおす必要がありましたけど、着物の半襟をつけるのも終わっていなかったし、午後10時を過ぎていたので、書きなおしませんでした。だって、どうせまた変わるから(笑)。

 いつもは、かなり完璧主義者で、もう一回シナリオを書きなおすのに徹夜もいとわないくらいですが、60歳を超えた頃から、7割を頑張って、あとの3割は、神さまにおまかせすることにしています。今回も、やるだけのことをとことんやって、でも気持ちはリラックスして、当日は奇跡が起こると、信じていました。そんな気持ちでやったら、ピリピリせずにすみました。当日は、女神のように、上機嫌で、さくさくと事を進めていきました。そして、奇跡が起きて、大成功!

 鹿児島県立短大の学生さんたちが来てくれたのは、本当に嬉しかった。壇上から、若い人たちが一列に並んでいるのが見えて、「あら、県短の子たち、来てくれたんだ」と思って、とても励まされました。今回は、みたけ先生の仕事ぶりが観たい、という学生さんがいたので、その子には手伝ってもらいました。いっぱい刺激があったようです。こんな風に若者にじゃんじゃんくらいついてほしいですね。

 わたしの一番いいところは、わがままだけれど、人をコントロールしないところかな。他人を支配したがるようになったら、人間としておしまい、というくらいに自分で自分をコントロールしております。自分に集中する。わたしは、これでいい。これでいくのよ、と思い続ける。子育てでも、このスタイルはとってもうまくいきます。他人の弱点を矯正するのではなく、他人のいいところを伸ばす。自分のエネルギーを惜しみなく振りまいて、「さ、ついてきたい人は、ついてきて。おもしろいことがいっぱい起こるよ」と励ます。世の中に刺激をいっぱい与える。その責任を厭わない。ひとりひとりを大切にする。

 ユタカ君が、昨日、耳元で囁いてくれました。「きみちゃん、きれいだったよ。素敵だったよ」(笑)。これまで人生61年を生きてきて、あまり自分を振り返ることもなく、ただがむしゃらに一所懸命やってきて、最近、ようやく余裕が出てきて、自分を振り返り、「あら、結構、イケテルじゃん」と思えるこの頃。その上に、夫から褒められて、調子に乗るきみこ。でもね、きみこは、これでいい。そして、わたしもお返しします。「ユタカさんも素敵だったよ」と。

 ビデオを見返すと、あら、ここでああいえばよかったのにな、あら、ここでもたついてるわ。申し訳ないな。あら、また着物姿で仁王立ちだわ。お品がないわね、とダメ出しの連続ですが、「あら、かわいいじゃん」と思うことにします。だって、孫のレナちゃんも「おばあちゃんって、面白いんだね」と言ってくれるくらい、面白いわたしですし。父がユニークな人で、とっても人を笑わせるのが上手でしたから、わたしはその遺伝子を受け継いでいるようです。

 さ、今日まで休んで、明日からまた目いっぱい仕事です。昨日は、前から決めていた阿久根のウニ丼祭りに行きました。長島の馬場さんの運転で、海の見える漁師さんの食堂でウニ丼定食を頂きました。ウニがまだ海水の味がするくらいに新鮮。ウニだけもっと食べたかったな。あったかい炊き立てのご飯に、ウニはのっけないで、交互に食べる、というスタイルで食べてみたいな。

 いつもながら、馬場さんご夫妻の優しさと気配りに癒された一日。トコトコと列車に乗って、海を眺めながら旅をするのもいいなあ。これからは、ユタカ君といっぱい旅をしていきたいものです。そして、6月は、娘たちのところを巡る旅。孫たちともいっぱい遊ぶ予定です。

 さあ、7月11日のヴォイス・スペースさんの「アラベスクの飾り文字」のコンサート窓口が月の舟になっていますからね。頑張るぞ。張り切っていきますよ。霧島国際音楽祭に初出演の小林沙羅さんたち4人の西日本ツアーのお手伝い。またまたいろんな人を巻き込んでいきますよ。皆様もぜひ、お越しくださいませ。7月11日(木)18:30〜、会場は南日本新聞社みなみホールです。月の舟にお問い合わせくださいませ(099−295−3816 月の舟)

 では、皆さまも素敵な日曜日をお過ごしくださいね。
posted by kimiko at 11:34| Comment(0) | 日記

2019年05月19日

自分を生きるレッスンその548 たまきはる

 本日、南日本新聞に「西條八十うた散歩」の記事が載りました。嬉しかったなあ。まだ新聞記者になって一か月という鹿島さんが署名入りの記事を書いてくださって、まあ崇高な記事になっておりました。皆様、ぜひ「西條八十うた散歩」、昼夜二公演です。どちらも楽しめますよ。心からお待ちしております。チケットのご予約も承ります。(TEL099−295−3816 月の舟にご連絡くださいませ)

 やはり、こうした大きな公演の前は、楽しい緊張が続きます。今も完全シナリオの原稿をあげているところで、まだまだ時間がかかりそうです。その合間に、大好きなブログを書いて、気分転換。二週間も間があいて、書きたいことはいっぱいあるのに、ここ2週間は霧島の自宅に帰り着くなり、ささっと顔を洗い、歯を磨いて、ベッドに直行という日が続いておりましたから、朝も夜もブログを書く時間がすべて睡眠に当てられました。夜9時半には寝ているのに、目が覚めるのは午前6時くらいで、いやあ、よく寝ています。

 いちばんのピークは5月15日(水)。この日は、午前中に日置市中央公民館で、公民館講座の開講式の基調講演をさせていただくことになっておりましたので、霧島の自宅8時出発。9時20分ごろ公民館着で、もろもろ準備をしておりますと、「あらあ、きみこちゃん、頑張ってね」との聴き慣れた声が。わたしの父がかわいがっていた元事務員さんとか、母のお友達とか、以前住んでいた妙円寺団地のご近所さんとか、娘たちのPTA仲間とか、本当に知り合いだらけ。懐かしさでいっぱいでした。

 おかげさまで、楽しく講演をさせていただき、結構むづかしい内容だったのに、ひとりも居眠りされる方がなくて、熱心に聴いていただき、本当にありがたかったです。講演後に、公民館長さん、教育長さん、土橋地区公民館長さん方とお茶をご一緒させていただき、またここでも、あの人、この人とのつながりがいっぱいで、楽しいひとときでした。

「先生のお話はむづかしかったけど、鹿児島弁が出ると、ぱっと目が覚めるよね」とお三人がおっしゃって、わたしのかごっま弁もここでまた生きた感があります。ご年配の方々の鹿児島弁愛は深いものがありますね。

 講演のテーマは、「日本の美はどこに?〜万葉集から〜」というもので、「令和」という年号にちなんでの話をわかりやすくしてほしいとの要請でした。この講演のために、万葉集を勉強しなおし、日本の美について考え、中西進先生、松岡正剛先生のご著書を読み返したりするなかで、「たまきはる」という言葉が心に残りました。

 「たまきはる」とは「いのち」にかかる枕詞。魂が極まる、ということ。万葉の時代は肉体の消滅が死ではなくて、つねに生と死が表裏一体としてある。そのときにこの「たまきはる」という言葉が、生死の境にあるのではないか。鹿児島弁の「けしんかぎい(死ぬほどに、命をかけて)」という言葉に近いかな。

 よりよく生きるとは、この「たまきはる」状態。つまり一番死に近づくこと。けしんかぎい、何かに取り組むこと。

 毎日を「たまきはる」状態で過ごしたいものです。まあ、それに近い状態で過ごすことができて、本当にしあわせです。ありがたいなあ、と思います。こんなに命がけでできる仕事に恵まれているのですからね。

 毎日の授業も、たまにいただく講演の仕事も、「たまきはる」状態で取り組ませていただいています。そのなかで思うのは、わたしって、こうしていっぱい勉強して、準備して、そのことを世の中に発信していく作業が、心底好きなんだなあ、ということ。もうこのスタイルを30年近くやっておりますが、一度として同じ内容の講座にはしないし、どんどん進化するように心がけているおかげで、毎日がしあわせです。

 しあわせって、創意工夫ですね。うちのユタカ君は平穏無事が好きみたいですが、わたしは熱い女なので、毎日違ったことが起きないと、つまらないタイプ。じゃんじゃん工夫します。そして、ひらめいたことは100%実行します。

 そのときに、たったひとりでもやる、という覚悟があれば、大丈夫。夫の理解とか、お金の心配とか、そんなことを考えていたら、何もできませんからね。わたしはユタカ君というものすごく仕事のできる相棒がいるので、彼に依存しているように思われるかもしれませんが、彼との関係で一番気を付けているのは、依存しないこと。自立した女でいること。相手のエリアに立ち入らないこと。それはプライベートでも大事なことと思っています。

 もちろん、信頼関係が大事ですが、ひとりぼっちになってもかまわない、という覚悟で仕事をしないと、他人は自分の思うように動いてはくれませんから、つねに「裏切られ感」満載の状態になってしまいます。

 その点、チームきよらの若者たちは、とっても大人なので、ジャンルが違うなかで、それぞれ最高の演奏、ダンス、歌声を響かせてくれます。ひとりひとりができることを精一杯やってくれて、わたしたち夫婦を信頼してくれる。ありがたい関係だな、と思います。月の舟合唱団の皆様、月の舟会員の皆様、当日スタッフの皆様、ピアノ調律の武田さん、皆様、心強いメンバーばかり。そして何よりお客様方に、心から感謝いたします。

 今回も、昭和最終年、平成に近い生まれのチームきよらのメンバーが、全く知らない昭和歌謡に楽しそうに取り組んでくれたのが、とても心強い。若者たちの西條八十に期待してくださいね。トークでご出演の飯田伸二先生(フランス文学)、竹本寛秋先生(近現代詩)のおふたりも頼もしく、ありがたい限り。トークがめっちゃ楽しみです。わたしたち夫婦の漫談で司会進行していきます。お楽しみに〜〜。

 さて、15日の講演が大盛り上がりで終わったあと、近くに住む母のところを訪ねました。ユタカ君が朝早く起きて作ってくれたお弁当(お豆ごはん、ふきの佃煮ほか)を持参したのですが、母はいい、と言って食べません。最近は隣りに住む弟のお嫁さんのご飯を食べるようになったらしく、すごい進化だね、と弟嫁さんと話していましたが、ま、わたしの料理を食べないのは想定内ですから、とくに何ということもなく、逆に母の作ったお味噌汁を頂きましたが、さすがに美味しい。えらいもんだ。89歳にして、この生活力。元気でいてくれることはありがたいことですね。母もできるだけ忙しいわたしに迷惑をかけないように頑張ってくれているようです。が、もう90歳ですからね。甘えてくれてもいいんですけどね。

 その後、月の舟にて午後2時からひまわりクラスで「源氏物語」若菜の巻。それが終わると、新聞社で取材。その取材が今日の記事になりました。そしてその後、「西條八十うた散歩」の会場であるサンエールかごしまにて、打ち合わせ。サンエールスタッフのMさんとも知り合いなので、信頼できて、安心。ありがたいなあ。いい感じで進んで、午後6時終了。月の舟に帰って片づけて、車で霧島まで帰ります。

 朝からずっとテンションあがりっぱなしで、身体はへろへろ。磯のスタバで休憩しましたが、それでも目がしょぼしょぼする上に、風が強くて、車が飛ばされそう。で、霧島の自宅に帰り着いて、すぐに寝たという次第。

 そんななかで、いろんな方の優しい言葉に励まされます。講演が良かった。楽しかった。わかりやすかった。列車でいつも霧島神宮駅からご一緒してくださる方が「今度カフェをなさるんですよね。ものすごく楽しみにしています」とお声かけくださいました。とっても嬉しかったなあ。

 また、ユタカ君が運転できないので、わたしひとりで運転していることを「きみこ先生がストレスたまらなきゃいいけどね」と心配してくださることもまた、ありがたいお言葉だなあ。又吉君がケーキやチョコをお土産にしてくれたこと。麗華先生がパンフレットのデザインもやってくださったこと、月の舟会員さんがいっぱい差し入れをくださること。何よりも「きみこ先生は、他人の意見を否定しないで優しく聴いてくださいますよね」と受講生の皆様に言っていただいたこと。学生たちからの「こんなに文学への愛が深い人をはじめて見た」という大発見の言葉(笑)、みたけ先生って、おしゃれ、など、まわりの方々のお言葉、差し入れに深く癒されているわたしです。

 小谷豆腐のおじちゃんからはエンドウ豆、新ごぼうをいっぱいいただいたので、ユタカ君がごぼうの天ぷらにしてまた小谷豆腐に届けたら、とっても歓んでくださいました。

 ひとりぼっちでも大丈夫、という覚悟が、こうした愛を循環させる、と信じています。愛もお金も循環させる、一方的であってはいけない、と思うこの頃。

 さあて、今日はシナリオを完成させて、県立短大の学生さんたち40人分のノートにコメントを入れ、またゆっくりと寝ます。

 そうそう、昨日は花柳二千翔先生の日本舞踊「飛翔の会」の発表会でした。二千翔先生の日本舞踊、本当に素晴らしい。5月10日の鹿児島国際大学教員コンサートで、久保禎先生が作曲された「女楽」紫の上独奏バージョンも素晴らしかった。梶ケ野亜生先生の琴演奏は、一段と凄みを増しています。これでまた、わたしの脳に二千翔先生、亜生先生のコラボで、紫の上、柳原白蓮シリーズが浮かんでおりますわ。ああ、きみこを止めるな。こんなに素敵な「和」のおふたりがおいでの鹿児島、きみこが参上せずに誰がする!ってね。

 ユタカ君が、「きみちゃん、お茶でも飲もうか」と声をかけてくれましたので、ここらでひと息。ぜひぜひ、5月24日(金)「西條八十うた散歩」、サンエールかごしまにて。午後2時からと午後7時からの2回公演。お待ちしております。
posted by kimiko at 17:02| Comment(0) | 日記