2019年02月17日

自分を生きるレッスンその426 カラフルなお葬式

 義父のお葬式は和やかにつつがなく終わり、14日夕方鹿児島に帰ってきました。その足で、鹿児島市勤労女性センターでの講義(ユタカ君の「万葉集」講義)、その夜は鹿児島市内に宿泊し、15日が打ち合わせ、勉強会、16日が平家物語とフランス文学講義。その間に、兄嫁さんのお母様が亡くなり、お通夜に参列。

 一連の儀式が終わって、今日は久しぶりのオフ。ゆっくりと起きて、ゆっくりと朝食を頂き、洗濯機をがらがらまわしながら、こうしてブログを書いています。

 これまで使っていたIPADがアップデートができなくて、いろいろと不具合が出てきたので、IPADを買い替え、ついでにガラケーからIフォンに替えました。こういう機械類は疎いのですが、時間節約とか、ブログを書くことにもっと力を入れたいので、快適なネット環境を保持したいものです。FBはヘビーユーザーですが、ツイッター、インスタグラムももっと活用しないとな、と思っているところです。

 義父のお葬式で、一番印象に残っているのは、小さな子どもの存在。わが孫のれなちゃんの可愛らしいこと。100歳の義父の葬儀に3歳の子がいるって、いいなあ。子どもは宝、とはこのことですね。お通夜が終わって、ホテルに帰ったら、おじいちゃんとおばあちゃん(つまり、わたしとユタカ君)に見せるんだ、と言って、ティンカーベルの衣裳に着替え、ベッドの上でポーズをとってくれました。その可愛いこと。ありがとう、れなちゃん。

 小さな子どもは、それだけで人を癒し、元気にしてくれます。人に歓んでもらいたい一心で何かをやることの凄さ、素晴らしさ、楽しさ。そういうことをいっぱい運んでくれます。それにこたえるためにも、わたしたちジジイババアは、娘たちや孫たちにシャワーのように愛を振りまいていきたいものです。 

 あと、嬉しかったのが、「ユタカちゃんのお嫁さん、垢ぬけてるね」と言われたこと。えーーーーーっという感じですが、人前に出る回数が多いので、他人様の目にさらされる分、緊張感のある姿にはなったかな。

 思えば、ユタカ君との出会いが、わたしの今生の最大の幸福です。彼に出会わなければ、どんな人生だったでしょうか。<文学>というもののない、砂漠のような人生だったと思います。生きる目標を失った、ぐちゃぐちゃな人生だったかも。ユタカ君=本=読書=文学=人の心を思いやる、愛を深める、言葉を大切にする、言葉を磨く、思想を磨く、意志を強く持つ、といった一連の魂の修行はできなかっただろうなあ。

 その上に、娘たちを授かり、孫たちもいっぱい産まれて、こんなに幸せなことはありません。初孫のるい君が生まれたとき、「ああ、わたしの人生の義務はこれで果たせた」と思ったことを今でも忘れません。子孫を残すことがどれだけ幸福であるか、思い知りました。

 そして今、わたしはわたしの人生を生きなければなりません。わたしの人生を最高のものにしていかなければなりません。ありがたいことに、今後30年、最高の仕事場がもうすぐ自宅横にできます。11月1日完成をめざして「きりしま月の舟」始動中。

 オープニングイベント、カフェ事業、食に関しての応援団など、着々と準備が進んで、ありがたい限り。わたしの講座もきりしま月の舟でやりますよ。いろんなイベントができそうだな。わたしとユタカ君がこれまで築いてきた人脈がばっちり活かされます。

 今日も、霧島ストリートベーカリーのパン屋さんに行って、朝ごはんのパンを買ったら、お店のスタッフの方が「梅がいっぱい咲きましたね」とお声かけくださいました。「3月にはさくらのコンサートをしますよ」とわたしもお返事したら、にっこり微笑んでくださいました。

 ああ、いいなあ。霧島の商売人の方々は、がつがつしていなくて、好きだなあ。アラミニッツのイケメン深野さん、小谷豆腐のおじちゃん、おばちゃん。みんな、スタンプとかポイントとか、そんなものじゃなくて、笑顔と最高の技術でたくさんのお客様をゲットしておいでです。今朝の霧島ストリートベーカリーも超満員。駐車場にはひっきりなしに車が出入りしています。

 「ものがたりカフェ月の舟」も行列のできるカフェ&ホールにしますよ。わたしとユタカ君の最高の笑顔と知識と生き様で。

 わたしのお葬式は、もう形が決まっています。「ものがたりカフェ月の舟」のホールで、自宅葬。お花をいっぱい飾って、棺のなかにわたしが眠る。ドライアイスで一週間くらいもたないかな。皆様、黒の礼装でなくてもいいですよ。できれば、自分の一番素敵だと思う服装でいらしてくださいね。カラフルなお葬式にしたいな。お通夜とかお葬式とかではなくて、お坊さんは呼ばずに、鈴木神父さまに儀式をしていただいて、何日間か喪の期間を設けて、その間に皆様と最後のお別れをして、火葬場へ行き、骨になって、その骨はできれば我が家の庭に埋めてもらいたいな。植物の滋養になるように。お墓も、自宅の庭に、カラフルな石のお墓で、いつもお花が季節ごとに咲くように手入れして。(あ、誰かお墓周辺の植物の手入れ、お願いしますね、笑)

 チームきよらのメンバーが来てくれて、音楽葬っていうのもいいなあ。ピアノを弾くのが好きなわたしのために、みんなで入れ代わり立ち代わりピアノを弾いてほしいなあ。お琴、バレエ、琵琶、みんな演奏してくださいね。歌声の溢れるお葬式!

 わたしの大好きなお寿司を皆様、たくさん召し上がれ。明るいお葬式にしたいですね。だって、わたし、最高の人生を生きているわけですからね。ちっとも悲しくありません。死は悲しみではないですよ。中西進先生の「日本人と死」の本の中では、「死は愛を確認する装置」だそうですからね。

 ユタカ君を残していくことは心もとないので、できれば、わたしの方があとがいいなあ。これまでは「わたしが先」と言っていましたけれど、ユタカ君の見送りはわたしがします。自分のお葬式のリハーサルのつもりで(笑)。

 あと30年。100歳まで生きるとしても、あと40年。あっという間です。一日一日を丁寧に細やかに生きないと、最高の人生は送れません。

 わたしの人生の柱は、愛と笑いと癒し。この三つです。愛をシャワーのように振りまく。家族をはじめとして、世界のすべてに。いつも笑顔と笑いの溢れる空間を創造します。わたしの講座の究極は、「人を癒したい」ということ。知識を蓄積したり、権威を振りかざしたり、知識の分け合いではなくて、知識を得ること自体が「癒し」であるように。「ああ、そういうことかあ」という学びであるように。その学びが、その人を深く癒していくように。「月の舟」ではそういう講座やイベントをいっぱいやっていきたいと思います。

 先日、わたしは仕事で何をいちばん優先したいのか、と自分に問うたときに、「人を癒したい」という言葉がすんなりと出てきました。わたし自身、「あら、そうだったの?」と驚くくらいのスピードで、その言葉が降りてきたのです。そっかあ、わたしって、人を癒したいんだな。わかった、わたし(笑)。きみちゃん、まかしておいて。

 14日夜の講座も、受講生の皆様にとっても歓んでいただきました。ユタカ君の担当で、ユタカ君が張り切っておりましたから、彼の体調を心配しながらも、わたしはサポートにまわりましたが、ユタカ君、とてもうまく話しておりました。彼も達成感があったようです。講義歴では、わたしの方がずっと先輩ですが、ユタカ君にもユタカ君の伝えたいことがあって、それがきちんと伝わっていた、と思います。

 一杯飲んでからホテルに帰りたい、というわたしの要望で、行きつけのBAR「ハミルトン」に行きました。ユタカ君はアルコール禁止を言い渡されておりますので、ライムジュースです(笑)。一緒に禁酒しろ、とわが妹は言いますが、「やーなこった!」。わたしはわたしの人生だし、わたしはドクターストップがかかっていないし、何よりもユタカ君が「飲んだらいいよ。その方が僕もいい」と言うので、夫の言い分に従って、きみこ、飲みます(笑)。夫婦一心同体、とか、夫唱婦随、とか、洗脳、とか、大嫌いだな。ハミルトンでは「ものがたりカフェ月の舟」構想の話になり、マスターとイケメンマジシャンと4人で、盛り上がりました。いろいろと教えて頂き、ありがたかったなあ。

 明日もまた、朝から夕方まで「ものがたりカフェ月の舟」の打ち合わせ2件。打ち合わせで一番大事なことは、きちんと自分の構想ができていること。そこがぶれると、全体ががたがたになります。

 今日は、めちゃめちゃいいお天気。ユタカ君と散歩しながら、またさらに構想を深めてきます。明るい未来を創造していく楽しみ。こんな楽しいことはないなあ。少なくとも霧島界隈、鹿児島県、あるいはわたしのまわりの200人を明るく照らす光でありますように。

 皆様も、素敵な日曜日をお過ごしください。
posted by kimiko at 13:08| Comment(0) | 日記

2019年02月10日

自分を生きるレッスンその425 感謝の連鎖

 神奈川に住む義父が亡くなりました。100歳。大往生です。とても優しい義父で、ユタカ君のご家族には親切にしていただくことばかりで、いわゆる嫁としての務めとか、家のしきたりとか、そういうことの一切ない結婚生活で、心から感謝しています。

 義父は、大正7年生まれ。冷泉家の前御当主と軍隊で一緒だったということで、お互いに尊敬しあっておられたようです。わたしは、冷泉家の藤原定家の写本の写真版全集を義父から頂きました。ものすごく貴重な本です。本棚に並んでいるだけで、オーラが発散している感じ。

 実際は、2月7日に亡くなったのですが、お通夜が12日、お葬式が13日ということで、明日、新幹線で移動します。月の舟の講座は、12日、13日、14日を休講にしました。受講生の皆様に連絡し、昨日9日の講座をこなし、8日の打ち合わせも無事行うことができました。わたしにとって、月の舟の講座をやることが一番のしあわせ。そして、ユタカ君と仲良くすること、家族がしあわせであること、孫たちがすくすく育つこと。大好きな仲間たちと楽しく過ごすこともまた、とってもしあわせなことです。

 とても大事にしていただいた義父に御恩返しのつもりで、お葬式に参列してきます。講座を休講にするのは、わたし自身が寂しいことなのですが、しかも4日連続で休講というのも月の舟始まって以来なのですが、義父への感謝の気持ちを込めて、義父にお別れをしてきます。

 わたしの母がお香典を渡したい、ということで預かりに行ってきました。母は、しっかりして凛として礼儀正しい義父を尊敬していますからね。先日、母とは大ゲンカしたばかりでしたが、何事もなく、香典を受け取り、弟のお嫁さんも交えて、お茶のみをしてきました。

 先日、母と大ゲンカしたあとに、洗濯ものを畳んでいたら、「ラジオ人生相談」でおなじみの心のエッセイスト・マドモワゼル愛先生の声が聞こえてきました。

「そういう人はね、どんどん言葉がエスカレートするからね。でも、あなたが何を言われても動じない、ってことが大切じゃないかな」

 そうそう、動じない。これが大事。頭ではわかっているけれど、なかなか実践できません。つい、いらっとくる。でも、大好きなマドモワゼル・愛先生の声が聞こえて(これは不思議な現象なんですけどね、笑)、とても心が落ち着きました。まあ、人の声が聞こえてくることは、わたしにはよくあることですから。イベントなどのアイデアも、天から降ってきますし。アドバイスもふっとひらめく感じ。今回みたいに、有名人の声というのは、初めてでした。

 よくよく考えたら、わたしの方こそ、感謝が足りなかったんじゃないか。親からしてもらったことの半分もお礼を言えていないのかもしれないな。ユタカ君には、一日100回くらい「ありがとう」と言うし、娘たちもよく「ママ、ありがとう」の言葉を発信してくれるけれど、母に対しては、何だか気恥ずかしくて、「ありがとう」と言うタイミングを逸しているのかもしれません。感謝の言葉が足りないから、「ありがとう」を言う設定が用意されるわけですね。これからは、「あんたの服、変」と母に言われたら、「ありがとう」と返してみましょうかね。きっと、わたしが発狂したんじゃないか、と母は心配して、もっと世話を焼くかもしれません(笑)。

 義父へのお別れの儀式に出発する前に、「きりしま月の舟」の段取りが着々と進んで、ほっとしています。2月8日は、土壌調査があり、地盤は大丈夫。設計もほぼ決まりました。とっても素敵な設計です。さすがプロですわ。プロと一緒にお仕事をするのは、とっても楽しい。宇都先生、優子先生、これからもよろしくお願いしますね。

 きりしま月の舟の新しい展開で、新しい仲間が増えていき、設計の先生方と、竹文化研究家の橋口さんをおつなぎし、今日は、食の分野でご協力いただく角屋敷さんのお宅で、美味しいランチを頂きながら、打ち合わせができました。

 3月30日(土)には、霧島の我が家で、マルシェ&コンサートを開催します。先日、飲み屋さんでお会いした青年が国分の花屋さん(フローラルまつもとの松本ひろき君)ということで、花のパフォーマンスをしてくださいます。同じく、その飲み屋さんで一緒だったトロンボーン奏者の外山さん、いつものわがチームきよらの又吉秀和(バリトン)、又吉のぞみ(ソプラノ)、今回は麗華師匠が他のコンサート出演のため、井手口希歩ちゃんのピアノ、あとバレエの智美さん、と豪華出演陣で、めっちゃ楽しみな企画。午前11時と午後2時からコンサート。今回は、ドネーション制。皆様、ご寄附をお願いいたします。そしていつもの修行君のお野菜。さらには、橋口さんの竹のドームも出現しますよ。竹はご近所さんの佐多さんのご提供。ありがたいこと限りなし。

 そして、食のエキスパート・角屋敷さんのお弁当も出ますよ。今日、打ち合わせを兼ねて、角屋敷さんの自宅カフェ・家音さんへランチに行きました。めちゃめちゃ美味しかった!優しく、丁寧なお味。きりしま食育研究会の千葉しのぶ先生ご推薦なだけありますわ。ランチしながら伺う角屋敷さんの経歴もまた興味深くて、ああ、こうしてこんな仲間に会うように、神様が仕組んでくださったんだなあ。

 霧島に引っ越して、良かった。霧島を人生の終の棲家にして良かった。おもしろい人たちにいっぱい出会いますものね。これも亡き父のおかげ。母のおかげ。これは超ド級の感謝を捧げなければいけません。

 ユタカ君の親族、わたしの親族、娘たち、お婿さんたち、孫たち、これまでNPOの会員さんたちが支えてくださったおかげ。

 とにかく感謝、感謝、感謝です。しあわせの根源は、「ありがとう」しかないですね。感謝を忘れてはいけない。どんなときも。感謝を忘れるから、ケンカするんだな。平和と感謝はワンセット。あと、競争心があるのはよくないね。競争なんかしたって、勝ち負けの判断なんて、できないでしょ。特に、人生においては。

 さ、お風呂に入って、明日の準備。ユタカ君の体調をご心配くださり、感謝しています。しっかりと体調管理に励み、優秀な嫁のわたしが付いていますから、皆様、ご心配なく。運転とアルコールは禁止ですが、その他は、普段の生活がふつう以上にできますので、あまり無理をせず、かといって行動を制限することなく、疲れやストレスを溜めないようにして、元気に毎日を過ごしますので、お見舞いなど無用です。何しろ、ユタカ君本人が、病人扱いを嫌がりますし。わたしは、アルコール禁止の彼の横で、堂々とワインを飲んでいますしね(笑)。ちょっと急だったので、わたしがびっくりして、このブログに心配なことを綴って、皆様に心配をおかけしました。

 これから30年、ユタカ君とますますラブラブで、仕事に励みます。旅行もいっぱいします。美味しいものを食べます。孫たちと遊びます。楽しい企画をいっぱい立てて、実践します。若い芸術家を応援します。月の舟がパワースポットでありますように、いつも心穏やかに、良い気持ちで過ごしていきます。今年いっぱい、月の舟@新屋敷で、充実した講座を展開していきますよ。

 ユタカ君いわく、「100歳まで生きたのだから、もうそれはお祝いだよ」。そうだなあ、と思います。義父さん、本当にありがとうございました。何よりも、ユタカ君との出会いは、お義父さまなしにはなかったわけですから。優しく、受け入れていただきまして、ありがとうございます。

 それでは、14日夕方に帰ってきます。鹿児島市勤労女性センターの夜の講座(万葉集)はやります。15日のチームきよらの勉強会もやります。16日の平家物語、バルザックの「谷間の百合」のフランス文学講座(飯田伸二先生)もありますよ。

 さ、義父の100歳に勇気づけられて、きみこ、頑張ります。
posted by kimiko at 21:27| Comment(0) | 日記

2019年02月04日

自分を生きるレッスンその444 自分ファーストでいいんだよ

 今日は立春。霧島の朝はいつもながら爽やかで、晴れ渡っています。昨日の雨で洗い流されたのか、空気が澄んでいる感じがします。さあ、今日も爽快な気分で一日を過ごしましょう。

 昨日は、母を霧島神宮に連れてきて、節分のお祓いをしていただきました。こうした儀式の好きな母ですので、わたしから提案したのですが、案の定、大波乱の一日でした。いまユタカ君の運転がドクターストップ中なので、わたしが実家まで母を迎えに行ったのですが、約束の時間に20分遅れたら、それはそれはご機嫌ナナメ。約束の時間は10時だったのですが、9時から待っていた、一時間半待っていた、と言い張ります。いつもは時間に厳しいわたしですが、ま、家を出るのが遅かったし、雨だったし、日曜で高速が混んでいたし、ユタカ君の運転ならば一時間で着くところを、わたしの運転では一時間20分かかりますからね。「夕べ遅くまで起きて、今日は朝寝をしていたんでしょ」と母が言うので、「いや、そういうわけじゃないけど」と言っても、わたしを朝寝するダメな女と決めつけたい感じ。

 先日来の忙しい日々で疲れがたまり、ユタカ君の体調不良もあって、しかも久しぶりの休みの日の朝なので、身体が当然のように休む体勢にあって、雨だし、母の嫌味を聞くのもいやだな、ということも重なって、出るのが遅くなったのですが、言い訳はしたくないし、黙っていると、どうしても、「わたしは朝寝をするダメな女です」と言わせたい感じにもっていく母。

 そしていつものように、わたしのファッションをいきなり、「何、それ」とのたまいます。最近買った白いジャケットを「何、それ、変な服」。まあ、ここは想定内ですから、無視します。で、車内で母の苦労話を延々と聞いているうちに、母が「あんた、英語はできるの?」と言うので、「そうだね、一年留学したのは大きいね。ま、かあちゃんよりはできるよ」と言ったら、それがたいそう気に入らなかったみたいで、またいきなり「かあちゃんは、あんたのその白いのが、好かん」と言い出します。そこでブチ切れましたわ、わたし。「もう、そういう言い方はやめてくれない」と文章にすると、優しい感じですが、狭い車内で、しかも高速道路を走っているときに、機関銃のように反撃するわたし。

 人に嫌味を言うときに、決定的なのは「嫌い」という言葉なんだなあ、とあとから気が付きます。母が嫌いでも、わたしが好き、という論理は母には通用しませんからね。世界中が母の思い通りに、気のすむように進行するべきだ、と思っている89歳。母のセンスと全く同じ人が世の中にいるわけではなし、世界中の人に母は敵意を持って生きているようなものです。価値観の違うものを受け入れない。こうであるべき、という自分のルールしかない感じ。

 節分の祈祷を母の隣りで受けながら、「ああ、もう親孝行は十分した。もう自分を許してあげよう」と思いましたね。母も89歳ですからね。もう脳が我慢の限界を超えて、これまで溜め込んできた負の感情を、父亡きあと、堰を切ったように世の中に溢れさせておりますが、その泥をわたしがかぶる必要は何もない。

 母は、わたしたちが大学在学中に、そのお金を工面するのが本当にしんどかった、と繰り返しわたしに語ります。大学院まで進学したわたしに一番お金がかかった、とは言いませんが、わたしたち(特に、わたしと妹と弟でしょう。兄は九州内の国立大学でしたから)の進学のことを繰り返し、わたしに話します。わたしはお金に関しては何の苦労もなく、自由に育ててもらいました。そのことを深く感謝しています。それに、誰よりも勉強して、それを仕事に活かしているという自負もあります。だから、母が工面したお金を無駄にしたことはないし、感謝しているのですが、「もっと感謝しろ」と脅されているように感じます。

 よくよく考えてみれば、わたしたちきょうだいが大学在学中に、両親は新しい立派な家を建て、海外旅行もし、美味しいものもわたしたち以上に食べていたんじゃないかなあ。苦労が花開いた時期だったんじゃないかなあ。だから、両親が子どもの進学のために、節約をしている、という感じは全くなかったのですけどね。

 母はわたしに対して、言葉にならない怒りをもっているんじゃないかな、と思います。母の薦める結婚をしなかった、全くの風来坊のような男と結婚して、結婚前に子どもまでできた、母の薦める服を着ない。母は、わたしを自分の理想像の身代わりに仕立てているというのは、とてもよく理解できますが、わたしは母ではないし、身代わりでもない。母の理想を生きていないわたしに対しての怒り。いつも傍にいて、お世話してあげないわたしへの怒り。母の理想は、完璧な良妻賢母のようですが、わたしの人生の選択肢にそれはなかった!

 でも、わたしの仕事に関しては、とても理解があって、一緒に心配したり、共感してくれます。いつも応援してくれています。娘たちも母が育ててくれたようなものです。ありがたいことです。孫のるい君が生まれたときも、母が弟のお嫁さんと一緒に、お祝いの御膳を整えてくれて、あれは本当に嬉しかったですね。イギリスから帰ったときも、美味しいお鍋を用意してくれた。

 今でも、ひとりで立派に生きている母は凄い、と思います。きっと母は、わたしにできるだけたくさん泊まって、そばにいてほしいのだろうな、と思うのですが(ときどき、泊りに来たらいいのに、と言いますからね)、母のところに泊まりに行くと、不気味なくらいに89歳の老婆が61歳の老嬢の世話をするのです。わたしが台所に立つことを許しません。掃除機なんかかけさせない。ひたすらお世話させておかないといけない。これは、実に気持ち悪いことです。母の前では支配される赤ん坊でないといけない。

 わたしが料理ができるわけがない。きみこは何もできないし、仕事だけしていればいいんだ、というような構図ができあがっています。角田光代さんの短編小説に「ふたり暮らし」という作品がありますが、これは不気味な小説です。母親が娘の心を支配している様子が淡々と、でも不気味に描かれています。凄い力量だなあ、と思います。

 わたしは、そうした母の支配をかいくぐって、こうして自分のしあわせを築き上げた。ぼんくらな婿(ユタカ君)とラブラブだし、自分のやりたいことを自由にやっているし、何よりも100%幸せだし、娘たちとの関係も良好だし、仲間もいっぱいいて、最高だし。

 だからこそ、母に対して親孝行ごっこをやるのは、もうやめることにしました。わたしが親孝行のふりをしている限り、母の負の感情をもろに受けるだけで、衝突だけがあるわけですから。母のシナリオの中では、わたしは最高にわがままな娘で、親の世話もしない、ダメなやつ、ということになっているわけですから、わたしが親孝行をしたりすると、バランスが崩れますからね。ダメな娘、と思いたければ、そう思わせておくしかありません。

 我慢しない。負の感情を貯め込まない。感謝を強要しない。魚を食べると長生きする(笑)。人を支配しない。やってほしいことがあったら、はっきり言う。母からたくさんのことを学んでいます。

 母は、優等生で、何でもできた。今でも、何でもできる。きょうだいの分までやる必要もあって、とにかく頑張って生きた。でも、母の理想は、世の中の理想と同じで、女性はこうあるべき、男を支え、夫を支え、家を支える、というもの。その世の中の期待に応えて、母はとにかく頑張って生きてきた。

 ところが、娘は、理想と言うものを自分で組み立てている。自分の内面の声に従って、実にしあわせに生きている。娘の向かうところがかいもくわからない。そのファッションのように。高級ブランドに身を包めばいいのに、そこらへんの安物の変なのを組み合わせて、へんてこりんな服装をしている。これは世間様が何と言うかわからない。ということで、母は娘に「親として」訓戒を垂れる。なのに、娘は激しく反論する。なんてこった!

 わたしが自分の60年の人生で最も自慢に思うのは、「道なき道を歩いてきた」ということです。世間が求める理想像を生きたこともないし、ただひたすら自分の内面の声を聴きながら生きてきた。自分の思いを大切にしてきたら、オリジナルな道しかなくて、わたしの前にモデルという人がなくて、でも、素敵な人にたくさん出会ってきたので、その方々の生き方を参考にしながら(母も含めて)、やはり21世紀だからこそ到達できる女性の道を発見した、という気がします。

 パートナーを見つけて、その人とタッグを組む。けれど、相手の大切な領域には深入りしないで、尊重し合う。母たちの世代は、夫婦は一心同体として、相手の領域に深入りしすぎて喧嘩ばかりしていたんじゃないかなあ。この相手の領域を尊重して深入りしない、というのは、とても大切なことだと思います。母のわたしの領域への不法侵入の仕方を見ると、そう思います。

 そして、どんなときも、自分ファースト。誰かのために生きる、なんてことをしない。わたしはわたしを生きる。わたしのために、わたしを最大限に活かしながら生きる。母ちゃんは母ちゃんで自分の人生の課題に向き合い、全うするだろうし、娘たちもまた、娘たちの課題に向き合い、乗り越えていくでしょう。

 自分を活かすためには、自分は何がしたいのか、何ができるのか、それを問い続け、人生を工夫し続け、創造を繰り返す。変化し続ける。成長を楽しむ。他人に依存しないで、しかし他人とともに仕事を創り上げる。

 ありがたいことに、娘たちも含めて若い仲間がいっぱいいて、頼もしい限り。もちろん、わたしがこうして自由に生きることができるのも、母を含めた前世代の苦労があってこそ。戦争世代の苦労は言葉にできないですよね。そのことを体験や本からの学びで尊重しつつ、わたしはわたしの新しい生き方を尊重していきます。

 その意味で、「きりしま月の舟プロジェクト」は、わたしの人生の集大成。「愛と笑いと癒し」をテーマに、精一杯楽しんでいきます。たくさんの方が集い、癒されていく場でありますように。皆様もお楽しみに。

 素敵な立春の日。新しいスタート。皆様も気持ちの良い一日をお過ごしくださいませ。
posted by kimiko at 11:50| Comment(0) | 日記