2018年06月26日

自分を生きるレッスンその400 これでいいのだ

 今日は、「みなみ風日記」400回記念ブログです。目標の千回へはまだまだ遠い道のり、毎日書くというノルマも達成できないまま、ようやく400回。でも、確実に読者の皆さまの反応があり、書き手としては嬉しい限り。このブログ、書き続けますよ。多分、死ぬ間際まで。何しろ、書くことが大好き。書くことで、自分のこころのバランスをしっかりとっている感じです。

 ちょうど良いタイミングで、昨日の月の舟コンサート「北原白秋うた散歩」が大成功で、まずはそのご報告から。パフォーマンス・レクチャーと名付けて、今年から新たな挑戦をしていることの第2弾。4月1日の「月の舟引っ越し記念 春爛漫コンサート」に続いて、昨日6月24日に鹿児島復活教会で「北原白秋うた散歩」を開催しました。

 もしかしたら大雨で雷までも発生するような天気予報だったのが、曇りときどき雨に変わり、実際は、大快晴となった日曜日。予定を超える80人以上の方々が、鹿児島復活教会に足を運んでくださいました。ユタカ君の晴れ男パワー満開でした。

 いつもの又吉秀和(バリトン)&室屋麗華(ピアノ)のコンビに、ユタカ君の朗読、みたけきみこの白秋文学世界の解説。ゴールデントリプルですわ。又吉&麗華の音楽性はすごい。成長し続けるふたりに目が離せません。ふたりとも美しく、性格も良くて、頭も良くて、素晴らしい。共演できて、最高の気分です。

 今回は、ユタカ君の朗読が初舞台で、初挑戦でしたが、まあ、すごい評判。「ユタカ先生の朗読、素晴らしい」とのお声が満載でしたよ。声はいいし、言葉の解釈にもこだわって、よく練習していましたし、朗読のもちだ先生のご教示も受けて、どんどん上手になっていくのがそばで見ていてわかりました。本番がいちばんよかった。

 今回のコンサートは、映像も添えました。先日、柳川へ行ってきたときの映像をつなげて、ユタカ君が編集してくれました。教会にスクリーンというのはどうかなあ、と思いましたけど、やってみたら、なかなか良かった。

 わたしの解説、もともと白秋は好きだし、短歌を特別に取り上げたり、その生涯について講義することもたびたびありましたけど、今回、いろんな本を読み直し、いっぱい勉強しなおしました。どんなに読み込んだつもりでも、膨大な白秋の作品の上澄みをさらっと流した感がぬぐえなくて、何度も自分で確認する作業をしました。又吉先生と麗華先生にも白秋の文学世界について特別講義をしました。シナリオも何度も書き直し、あいまいな表現をその都度訂正して、万全の体勢でのぞみました。

 シナリオも自分のパートはすべて暗記していたつもりが、童謡のところでふっと言うことを思い出せなくて動揺したものの(笑)、又吉&麗華コンビの機敏なサポートで乗り切り、きっと見た目は滞りなく見えたはず(笑)。次のコーナーで言い忘れたことを補足し、予定通りの進行と相成りました。こんなこと、いままでなかったのになあ。次回からは、無理に覚えようとせず、きれいにパッケージしたアンチョコをもって臨みます。

 ともあれ、予定以上のご参加があり、大成功。お客様も大満足してくださいました。受付を手伝ってくれた2代目アシスタントのかなちゃん夫妻、又吉のぞみさん、なつきさん、ありがとうございます。若いおふたり又吉&麗華コンビには本当に感謝。「きみこ先生は、それでいいんです」と、わたしの「やっちまっただあ」を笑って許してくれますし、わたしの特別講義を受けるときの彼らは真剣そのもので、今回、じっくりと白秋を勉強できたことがとても新鮮だったと言ってくれました。まじめで優しくて、美しい200点満点のおふたり。ありがとうね。

 ユタカ君ともまた絆が深まりました。ユタカ君の朗読は素晴らしかったし、洋服もこれまでいいかげんだったのが、今回、衣装替えまでするユタカ君の成長に感動しました。事務能力の高さは言うまでもなく、パンフレットの完璧さ、ビデオ編集の素早さ、わが夫ながら、仕事ができるわ。ありがとう。

 自分のことを褒めてあげるとしたら、プログラム作りは、ちょっと天才的!そこはユタカ君も褒めてくれます。第2詩集「思ひ出」の「わが生い立ち」の朗読を思い立ったところ、解説のこまやかさは我ながら一流ですわ(笑)曲の順番は、4人で考えましたけど、大まかな流れはわたしが作りました。その上に、又吉先生の音楽解説が充実して、麗華先生の伴奏の音の抑制がよく効いて、ユタカ君の朗読の良くて、見事なコンビネーションでした。

 出演者だけの打ち上げも弾みました。ずっと話していたいくらい。で、最後にBAR13にサッカー観戦に行って、気が付いたら、午前2時。でも、今朝は予定通り、9時40分からの映画「万引き家族」を観ました。素晴らしい映画で、感動しまくり、ぼろぼろ泣きましたわ。さすがの是枝監督。ええわあ。わたしのなかで是枝ブームになりそうです。

 お昼ご飯を食べて、月の舟の片づけをして、霧島の家に帰り着いたのが午後3時過ぎ。お昼寝をして、温泉に行って、晩酌をし、録画していた「西郷どん」と「ブラックペアン(最終回)」を観ました。ああ、極楽です。

 ああ、ありがたいなあ。ユタカ君という最高のパートナーに恵まれ、才能豊かな若者と共演し、受付をしてくれた若者たちに助けられ、たくさんの月の舟の会員さんがご参加くださり、そのお顔を拝見しているだけで、勇気を頂いたみたけきみこ。お世話になっている友人たちもかけつけてくれました。又吉&麗華ファンもいっぱいご参加くださいました。感謝、感謝、感謝です。鹿児島復活教会の司祭様ご夫妻にも今回もまた親切にしていただきました。
 
 「これでいいのだ」とあらためて思います。月の舟の運営が、わたしの天職なのだと。講座で教えること、パフォーマンス・レクチャーを成功させること。いまやっていることを深化させること、いまおつきあいくださっている方々と仲良くすること。これからの新しい出会いも楽しみです。そして、みたけきみこという存在そのものが、これでいいのだ。

 他人の批判に揺るがない自分になるためには、自分はこのままでいいんだ、と強く思うこと。これでいいのだ、と天才バカボンのパパみたいに強く思うこと。

 「あなたのここがいけませんね。これを治しなさい。そんなに下品な人ではいけませんよ」とドヤ顔でおっしゃる方がおありなのですが、そう言われても、「わかりました。わたし、今すぐにあなたのおっしゃる通り、上品な人になります」なんて言えません。それに、簡単に人を批判することほどかっこ悪いことはないですからね。そんなかっこ悪い人のおっしゃることに納得して、真似はできません。

 でも、実際は、「わたしって、ちょっと下品でバカで間抜け」と思っているのは、わたし自身であって、人に言われて動揺するのは、自分でそう思っているから。他人様が、「あんたって、バカだね」と言って傷つくなら、それは自分が自分に言っているに等しい。

 確かに、わたしって、人を笑わせようと思って、下品なことを話題にすることが多いなあ。これって、反省。わたしって素敵、と心底思える気品高い人になろう。自分を鍛えて、鍛えて、鍛えまくりますわ。やっぱり、嫌な出来事って、自分を鍛えるものなんだなあ。

 そして、最近、気が付いたこと。人間って複雑だなあ、ということ。気まぐれで、頑固で、未熟だなあ。でも、確実に進化している。

 わたしは人の心の動きにとっても興味があります。自分の心の動きにも敏感です。月の舟の活動をするなかで、とくにイベントをゼロからやる、また授業を続けることのなかで、人の心って、とっても気まぐれで、1+1=2とは絶対にいかない、人が動くことに法則性はない、ということを痛感しています。でも、そこにはかすかな希望というか、真理というか、そういうものがあることも実感しています。

 わたしが60年の生涯で自分なりに学んで、悟って、柱としている真理はいくつかあります。
1、 わたしが生きていくことの中心にあるのは、愛と笑いと癒しである。
2、 愛とは、人をエンパワー(力づける、勇気づける、鼓舞)すること。
3、 つねに笑い、微笑み、人に優しく接することが生活の基本。
4、 笑いは、自分を信じることから派生する。逆に笑っていると、自分が好きになる。
5、 21世紀は癒しの時代。闘いの時代は終わって、その傷を癒す時代。
6、 自分を癒していい。癒すべきだ。温泉、マッサージ、美味しいものを食べる。旅行する。お茶する。おしゃれする。贅沢をする。長期休暇を取る。庭いじりをする。大好きな人と愛し合う。じゃんじゃんやろう。タブーはない。
7、 感謝することで一日を終わる。一日100回は「ありがとう」と言う。
8、 どんなときも、他人を尊重する。簡単にけなさない。批判しない。
9、 批判するときは、自分が深く傷つくことを覚悟でやる。
10、 他人を簡単に批判して、かっこいいことはひとつもない。
11、 他人も自分も褒めてほめて褒めまくる。
12、 ときには、ゲスイ人になる。感情的になっていい。そうしたら、落ち込みの感情は一瞬で回復する。
13、 他人の人生をコントロールしてはいけない(人は人、自分は自分)
14、 自分の課題、使命を知り、徹する。他人の課題に首をつっこむな。
15、 アンパンマンの歌をときどき思い出す。「何が君のしあわせ、何をして歓ぶ」かを自問する。自分の役割や歓びの基準は変化し続けるから。
16、 お金と時間は同じエネルギー。時間にルーズな人は、お金にもルーズ。時間にきちんとし始めると、お金もまわりだす。
17、 自分の得意なことに命をかけろ。難しいことに挑戦するのではなく、簡単にできることをじゃんじゃんやる、その量を増やす。
18、 愉しいことだけをやる。苦しいことはやらない。
19、 嫌いな人とは接しない。
20、 一ミリも不幸を近づけない。不幸の薫りを一掃する。自分をしあわせオーラでいっぱいにする。
21、 「お金がない」「自信がない」という言葉は絶対に使わない。
22、同情を売りにしない。
23、告げ口が、人間関係を破壊する。

 みたけきみこの「しあわせトーク」でお話しすることの中味でもあります。そのうちにしっかりときみこ哲学の基盤を作って、本にしたいなあ。あるいは、こうしてブログを書くことで、読者の皆さまが少しでも「しあわせ」を感じていただけたら、と思います。愛と豊かさをいっぱい発信していきます。

 いつも「みなみ風日記」を読んでくださいまして、ありがとうございます。人をしあわせにできるかどうかはわかりませんが、自分がしあわせになることにかけては自信があります。ご一緒にしあわせになりましょう。
posted by kimiko at 00:27| Comment(0) | 日記

2018年06月17日

自分を生きるレッスンその399 ぽかぽかの関係

 ただいま所沢の長女のマンション滞在中。昨日16日にあった母校の日本女子大学桜楓会(同窓会組織)の総会と全国支部長会に出席のための滞在です。15日の金曜日から来ています。

 孫たちのかわいいこと。愛おしいこと。ショウリ君とお婿さんは岐阜に法事のために昨日夕方出かけましたので、長女とカナト君とわたしのところに、昨夜三女が合流。孫たちはきみこバーバと一緒にお風呂に入るのが大好きみたいで、こちらも嬉しくなります。おとといの夜は、ショウリ君もカナト君もわたしと一緒に寝てくれたのですが、一晩中メリーゴーランドみたいに動きまくる孫たちに翻弄され(もちろん、ご本人たちは夢の中)、ほとんど眠れなかったので、昨夜は、「ママと寝る」と甘えるカナト君にほっとして、熟睡しました。ここのところ、忙しくて睡眠不足が続いていたので、幼児並みの睡眠時間にあわせたら、おかげさまで元気を取り戻せました。

 午前5時半、カナト君起床。きみこバーバも起きて、朝ごはんを作ります。お豆腐となめことオクラのお味噌汁。卵のおじや、紅鮭の焼いたの。カナト君はブドウパン、ヨーグルトを食べてから、お味噌汁もおじやもおかわりをして、とっても旺盛な食欲を見せてくれました。食べることの好きな一族の血が流れております。

 長女のところでも、次女のところでも、わたしの滞在中は、台所を預からせてもらいます。先月の次女のところでは、孫のルイ君の遠足のお弁当を作りましたし、どちらもわずか4日間ほどの滞在ですが、バーバのカロリー高めの料理で、孫たちは確実に太っていきます(笑)

 さて、昨日の母校の総会で、「若者たちをどう取り込むか」ということが大きな議題でした。高齢者が増え、少子化で、どんな組織も後継者をどう育てるかが大きな課題です。

 時代はわたしたちが思っている以上に大きく変化し、若者と高齢者の価値観は大きく隔たっています。高齢者が若者に理解を示し、年上である高齢者から歩み寄りを見せる、という高齢者にとっては破格の親切を施してもなかなかその溝は埋まりません。

 月の舟でも「若者がもっと来てくれるといいですね」とお声かけくださいますが、わたしは若者であろうと、高齢者であろうと、<仲間>あるいは先日書いた<親友>と言うべき方々が集まってくだされば、それでいいなあ、と思います。実際、確実に仲間や親友が集まってくださって、とても楽しく充実した毎日を過ごしています。

 先日も、<親友>である又吉秀和さんと室屋麗華さんとともに、霧島の我が家で「北原白秋うた散歩」の合宿をしました。ユタカ君をふくめ、4人で温泉に行き、わたしがお料理を作り、メニューは手羽先肉ともずくのスープ、鯛とタカ海老の昆布〆バターソテーなど、「きょうの料理」を見ながら、あるいはきみこオリジナルを開発しながら、楽しんで料理したものをみんなで食べます。親友たちは、「おいしい」を連発してくれます。そして、みんなでリハーサルを繰り返し、ここはこうしましょう、あそこはこう出て、などと意見を出し合います。内容はどんどん充実して、こまやかなプログラムとなっていきます。

 この時間がとてもとても好き。4人の間に信頼と尊敬の空気が充満して、お互いの良いところを出し合います。この雰囲気は、わたしが子育てするときに大切にしたものかもしれない。子育て中は無我夢中で、信頼だの尊敬だのといちいち考える間もありませんでしたが、いま娘たち、お婿さんたち、孫たちと良い関係ができているのも、信頼と尊敬の雰囲気を大切にしてきたからでしょう、きっと。お互いを縛らない。親の言うことを聞け、という態度は一切取らなかったし、自由放任のなかにも信頼感をとても大切にしてきたと思います。まあ、これも結果論であって、娘たち自身が頑張ったことの方が大きくて、わたしたち夫婦はとりたてて何もしていないにすぎないのですがね。

 霧島合宿の翌日も柳川まで4人で出かけ、北原白秋の勉強をしてきました。第2詩集「思ひ出」の序文「わが生い立ち」をユタカ君が朗読するのですが、わからない読み方がいっぱいあったのを、北原白秋記念館では、ローマ字で書かれた「思ひ出」が展示してあって、参考になりました。又吉さんも麗華さんも多くを学んだと言います。柳川名物の鰻も美味しかった。彼らは、わたしたち夫婦を信頼してくれるし、そうそう意見の食い違いといのもなくて、スムースに事が進んでいきます。わたしたち夫婦も、彼らの素直さ、頭の良さ、才能の高さに惚れこんでいます。交代で車を運転しながら、ずっと笑いっぱなし。ありがたい限りです。

 娘たちに対しても、孫たちに対しても、月の舟会員さんに対しても、先生方に対しても、すべてにおいて、わたしの人生は、自由と信頼と愛と笑いと癒しで満たされています。大切な人たちと素敵な時間を過ごすことができています。

 「自分はだめな人間だ」という発想は何物も生み出しません。わたしには何かができる、それが何であるかわからない、というときは、こうして一緒に仕事をしていくと、お互いに善きものが引き出されていくと思うのです。善きものを引き出しあうのにちょうどぴったりな関係があります。その相性を活かして、仕事をしていくと、とっても楽しいし、成果もあがるというもの。その成果は、6月24日(日)午後3時からの「北原白秋うた散歩」でお目にかけることができるでしょう。鹿児島復活教会へぜひ足をお運びくださいませ。素敵な空間で、愛に満ちた時間をともに分かち合いましょう。どなたでもおいでいただけます。お待ちしています。

 15日の早朝、飛行機に乗る前に買って読んだ本に、素敵なことが書いてありました。

「先生、最も人が中毒になりやすいものは何ですか?」というインタビューに対して、ルイス・ターターリャ博士はこう答えます。
「自分が一番正しいんだよ〞っていう思い込みですね。いったんこの種の快感を覚えてしまうと、治療は大変に難しくなります。自分が世界で最高の人間だと思い込めるほど、気持ちのよいことはありませんからね」(「不思議なくらい心が強くなるヒント」ルイス・ターターリャ著)


 一般的に「中毒」と言えば、「アルコール」とか「タバコ」があげられますが、この精神科医の先生は、「自分が一番正しい」というのをあげられました。なるほどお、と飛行機のなかで納得しました。そうだなあ、と思う事例は、わたしたちの周りにいっぱいありますものね。自分もそうじゃないか、疑ってみる必要があります。

「自分は正しい」と思い込むほど、中毒性が高いものはない。いったんこの中毒にかかると、他人の意見などバカバカしくて聞いていられなくなるという症状があらわれるのだ。

相手の意見に真摯に耳を傾け、その意見に関心を払ってあげるようにすると、とても不思議なことが起こる。

 ぽかぽかと相手の心を温めてあげること。そうすれば必ず相手は胸襟を開いてくれるのだから。

 男女の擦れ違いも、親子喧嘩も、自分は正しいことを証明し、議論に勝って、相手を支配したい、という思いからのものではないでしょうか。結局、依存症(中毒)というものには、その原因となる「支配」したい思いがあります。支配と依存はワンセット。そのなかに巻き込まれないように、自分を律していく必要があるでしょう。他人を支配したい、勝ちたい、と思うから喧嘩になり、争いになり、平行線の議論になりますからね。

 わたしもさんざん「自分は正しい」をやっている口なので、あまり偉そうなことは言えませんけど、まず、自分を笑い飛ばすことができること、弱さを認めると、自分は正しい病、自分が一番病に罹りにくいと思います。人を褒める癖をつけること、人の痛みを理解しようとすること、人も自分もよく見つめること、ジャッジしようとしないこと。

 ルイス博士の「ぽかぽかと相手の心を温めてあげること」は、最も大切な試みでしょう。孫たちとの関係で、「ぽかぽか」方式はとっても役に立ちますね。今日も、さきほどカナト君とふたりで近くの公園に行ってきました。自由に遊ばせつつ、怪我をしないように見守ることは、けっこう難しい。ついついそばにくっつきすぎるのがババアの難点。でも、子どもは自分の居場所をしっかりと見つけて、ちゃんとひとりで遊びます。

 カナト君は大好きな水のところに行き、裸足にしてあげると、もう嬉しそうにばしゃばしゃやって、「おばあちゃんも来て」と誘います。バーバも公園内の素敵な小川に入ってみれば、水の冷たいこと、川底が苔で滑りやすくなっていることを発見。あまり長居しないように気を付けながら、「さあ、あがろ」と言うと、ちゃんとカナト君は言うことを聞いて、帰りの乳母車ではすやすや。公園で、バーバ手作りのおにぎりを持参して、一緒に食べたので、お腹も満ちているようです。

 カナト君がお昼寝している間に、バーバはお勉強。これもまた娘たちが小さいときのわたしの勉強スタイル。午前中は公園でいっぱい遊んで、お昼寝中に勉強してきました。自分を犠牲にするのではなく、隙間時間を見つけて、しっかりと自分を労わってあげる。自分を生きる時間を作る。

 やはり何よりも大事なのは、自分を生きているかどうか。自分にまずぽかぽか光線を浴びさせること。自己犠牲はお話になりません。自慢話にもなりません。ぽかぽかをまわりのみんなに分けること。あまりそばに寄りすぎて、暑苦しいのはいけません。適度な距離を保って、相手の自由を尊重すること。

 「若者を取り込む」議論に戻れば、わたしの関わる規模は小さいので、同窓会組織のように何万人もの人を動かす論理にはなりえませんが、若者とか年寄りとかの区別をする前に、価値観の合う人をとっても大事にして生きることがまず最優先ではないでしょうか。目の前の人、大切な人にぽかぽか視線をなげかける。気持ちよく人と何かを分かち合うことを心底愉しむ。

 どんなことも、これが正解、というのはなくて、工夫につぐ工夫が大事です。これがだめなら、ああやってみよう、この方式で成功したら、これを続けて行こう。そんな積み重ねが仕事を発展させるし、しあわせの根源であるように思います。あきらめないで、続けることのなかに小さな正解がほの見えて、ほっとしたと思ったら、また次の課題がやってきて、の繰り返し。莫大な成功の前に、小さな成功を歓びつつ、失敗の痛みがあれば、自分で自分を癒してあげて、他人の評価に惑わされない強い心をもつ。

 さ、明日までの滞在で、明日もこれからも楽しいことがいっぱい。信頼と自由と愛と笑いと癒しの人生を満喫します。皆様も楽しい父の日をお過ごしください。(そうそう、うちの父ちゃん、ユタカ君、どうしているのかな。多分、わたしの母のところに紅葉の木を持って行っているはず。ご苦労さんでございます。父の日に優しくしてもらえない、うちの父ちゃんを、どなたかよろしくお願いします、笑)
posted by kimiko at 15:14| Comment(0) | 日記

2018年06月10日

自分を生きるレッスンその398 宇宙人との添い遂げ方

 今年の6月6日で、結婚31年目を迎えました。ありがたいことに、まだ続いていますし、年を経るごとに仲良くなっています。職場も自宅も同じなので、24時間一緒。ベッドもお風呂も一緒です。「理想のご夫婦です、素敵なカップルで憧れます。」そんな風に言って頂いて、とっても嬉しいです。仲良しの秘訣は?とかも聞かれますが、ただ相性が良かっただけ、かもしれないなあ(遠い目)。

 まあ、すさまじい夫婦喧嘩もしてきました。一方的な妻の暴力が主ですが(笑)、今思えば、わたしって、元気だったんだなあ(またまた無責任な遠い目)。娘たちも、ママとパパが離婚するときには、ママが慰謝料を払わないとね、と言っておりました。でも、みたけきみこの辞書に「反省」の文字はないので、過去のことはすっかり水に流しております。

 仲良くなる転機はありました。それは彼が過労で体調を崩したときです。「ああ、この人と一生一緒にいて、何があっても添い遂げよう」と決心した、あのときから喧嘩の数が減りました。何で喧嘩してきたかというと、彼が頼りない、と思っていたからです。もっと男らしくわたしをリードしてくれてもいいのに、いつもわたしの意見を聴いて、わたしを前面に出してばかり。わたしだって決断を迷っているのに、そこまで責任をとりたくないのに、彼はいつも2番手でいい役どころ。そしてわたしは怖い女をやらされる。父や兄や、わたしの憧れる人みたいに、男性らしくわたしを守ってほしい、と心のどこかで思っていました。

 でも、自分が彼を支える役目を自認してから、彼に男らしさとか強さを求めなくなりました。自分が強くならなきゃ、と思ったら、彼の寛容さがありがたくて、わたし自身もどんどん自分の力を心底発揮できるようになりました。ユタカ君の懐の深さが、彼の人間的器量の大きさでもあることに気が付きました。彼の真摯な働きがあるから、娘たちはすくすくと育った、と彼の寡黙さと真面目さに心から尊敬の気持ちを抱きました。俺がやった、とは決して言わない強さが彼にはあります。

 そして7年前、月の舟を天文館に出そうと決心した時に、わたしは彼と離婚してでもこのことをやり遂げよう、と思っていました。別に仲が悪いわけでもないけれど、他人に甘えないでやっていきたいという思いから、ユタカ君に「離婚を覚悟で、こういうことをやりたい」と言ったら、「あ、そう」だけで、わたしが進める月の舟のオープンに向けての仕事に淡々と寄り添ってくれて、アドバイスもくれて、離婚を覚悟したのに、彼はさらにわたしにくっついてきた感じ(笑)以来、ずっとくっついています。ユタカ君は、俺は病気だ、と言います。変態性きみこ依存症という病名らしいです(笑)。

 ひとつ心掛けていたのは、世の妻たちがよくおっしゃる「うちの旦那ったら、ひどいのよ」という類の夫の悪口だけは言うまい。もちろん、子どもたちのことも「うちの子ったら、バカでねえ」みたいな言葉も自分自身に禁じていました。夫も子どもも自分の持ち物ではないし、他人様にそんなバカだの愚図だの、それが期待の表れであっても使いたくはないなあ。あ、たまに使っているかも。「あんた、バカじゃない?」と言われた方、すみません。多分、それは本音です(笑)

 人と人の関係が良好であるためには、お互いが自立していること。それに尽きます。相手に男らしさを求めるのは、自分を守ってほしいから。守るのは、子どもだけでよろしい。わたし自身が強くなり、自分を生きることができればできるほど、ユタカ君との関係は良好になっていきます。

 わたしは決断力と直感力はかなりある、と思っていますが、それでも迷うときはいっぱいあります。そんなときに、ユタカ君は的確なアドバイスをくれるのですが、それは理論的にとても正しくて、すぐに納得できるものばかりですけれど、たまに直感的に「そうかなあ」と思うこともあり、彼のアドバイスに耳を傾けていると、自分自身を見失うことにもなるので、最近は、心の底から自分が納得して、自分で責任のとれる決断だけをしよう、と思っています。

 よく一心同体、と言いますけれど、わたしはどうにもその考え方は苦手。自立とは、自分で責任を取れる決断ができる、ってことかもしれませんね。「あなたはそういうけれど、わたしはこうするから」と言うと、ユタカ君はまた「あ、そう」と言って、淡々と必要な行動だけをしてくれます。「おまえ、こうしろ」みたいな命令は、かつて一度もしたことがないですね。命令された方が楽だから、それでいいけど、仲良くはならないかもしれません。

 そして、お互いの苦手なことの押しつけはよくない。ユタカ君は営業が苦手。もとが宇宙人で、今生ではじめて人間をやっているので、人間との付き合い方をよく知らない(笑)。だから、自分のやりたいことだけをやるわけです。そして、数字が好きなので、お金の計算には向いていますが、人間付き合いもまた、頭でっかちに1+1=2くらいな感覚で割り切ろうとするので、とっても冷静で人当たりが良い割には、頑固です。

 ユタカ君は、読書と庭いじりが好きで、最近は梅干し作り、ラッキョウの酢漬け、フルーツ酒などを作ることに嵌っています。そんな彼はかわいいな(笑)読書しているときの姿は、なかなかいいですよ。月の舟では、万葉集と川端マラソンの講義をユタカ君が担当しているので、その勉強をしているときの彼の姿は、なかなか凛々しい。

 お互いの自立度が、ふたりの仲を深める。31年夫婦してきて、そう思います。依存もよくないけれど、「わたしがいなきゃ、彼はだめなのよ」というダメンズメーカーも、良好な関係を築けません。得意なところを前面に出して、苦手なところには目をつぶる。小さな決断をお互いに重ねて、自分の人生に自分で責任を取る。

 どんな人間関係も、突き詰めれば、自己責任です。誰のせいでもない。自分で自分を幸せにしていくしかない。でも、相性というのは、神の采配で、わたしたちが相手をとっかえて、うまくいったかどうか。ユタカ君でなけれないけなかったし、彼にとってもきみちゃんでなければならかなかった。本当に、神さまはいるのですよね。人間の努力なって、ほんの少しなんだわあ、と思うこの頃。

 こうすれば、東大卒のイケメンで人柄もいい彼氏をゲットできる、という方法があるかもしれませんが、わたしにはそんな方法はご縁がなかった。31年夫婦して、単に相性の問題だけが浮上し、努力という言葉もどうなのかなあ、ただただ目の前の人に思い切り心を開いて、いま、とっても相性の合う人が目の前にいる。そしてとってもしあわせ、ということしかわかりません。

 わたしたちがやることは、関係の微調整のみ。納得いかないことがあったら、納得いくまで話し合う。わたしたちの場合、文学をやっていること、それが共通項であり、生きる糧であることが、言葉で関係を良好にするときにとても役に立ちます。美しく力強い言葉をたくさん知っているから、絆もまた強くなる。正直であることが、文学表現の根本ですから、彼に対しては、いつも正直でいられます。わたしの正直さを、彼は真正面で受け止めてくれますからね。

 わたしはいつも、まず彼に正直に細やかに、わたしの将来の夢を語ります。2020年8月16日(単にわたしの誕生日)までに、こうして、ああして、こんな風にして、と語り続けるバカ妻の妄想話を、彼は微笑みながら、しっかりと受け止めてくれます。そして、一緒に夢を見て、実現への道を歩んでくれます。そこがいっちばんありがたいなあ。かつては、「そんなお金、どこにあるわけ」とユタカ君は言うのが常でしたが、わたしの妄想は必ず実現していくので、その言葉は言わなくなりましたね。

 わたしたちは、しあわせになることが決まっています。わたしたちは、すでにしあわせです。わたしたちがとってもしあわせであることは、みんなが知っています。

 月の舟は、これからますます繁盛します。たくさんの方が、楽しく学んでいかれます。源氏物語、万葉集、文学、音楽、古典から現代まで。おかげさまで、毎日楽しく過ごしています。講演依頼もじゃかじゃか入ってきます。

 今日は、若者たちが霧島に来てくれて、霧島合宿です。パフォーマンス・レクチャー「北原白秋うた散歩」のための合宿。霧島の農業青年祐太君のお野菜とお米、キリシマストリートベーカリーのパン、小谷豆腐で、練習のあとのささやかな夕餉の支度をするきみちゃん。この時間が何よりも大好き。孫たちのため、若者のために料理するのは、なんてやりがいのあることでしょう。生きる気力が湧いてきます。今夜のメインは、手羽先肉とレタスのさっぱり檸檬スープ。けさ早くから煮込んでいます。

 みなさま、6月24日(日)午後3時から、鹿児島復活教会にて「北原白秋うた散歩」を開催します。ぜひぜひお越しくださいね。白秋の素晴らしい日本語と、山田耕作をはじめとする音楽家たちの融合。これって、世界の宝ですわ。きらきらする宝石のような時間を皆様と共有いたしましょう。月の舟の宝、又吉秀和君のバリトン、室屋麗華さんのピアノ、ユタカ君の朗読、そしてみたけきみこのトークでお届けしますよ。お申し込みは、099−295−3816(月の舟)まで。山形屋プレイガイドにもチケットを置いてあります。

 ああ、わたしの人生、最高!世界中に感謝します。ありがとうございます。皆様も、最高の一日をお過ごしくださいませ。
posted by kimiko at 12:19| Comment(0) | 日記