2019年11月17日

自分を生きるレッスンその588 心から感謝する

 霧島の紅葉は、今週末からが見頃かな。在原業平風に「ちはやぶる神代もきかず竜田川からくれないに水くくるとは」というくらいにビビッドな赤を連想するまでには至っていませんね。「まだら」な紅葉です。

 これからが楽しみです。先日の満月も味わい深かったなあ。ちょっと曇りの夜で、灰色の雲がかかった満月のしみじみとした風情。ああ、日本に住んでよかったなあ、と感慨深い。以前住んでいた妙円寺団地でも同じ月があがるわけですが、団地だと灯りがいっぱいあるし、ゆったりとお月見という雰囲気にはならなかったかもしれません。霧島だと街灯がほとんどないので、夜遅く霧島に帰り着いたときに、車のドアを開け、ふっと空を見上げるだけで、月が煌々と輝いているのがわかります。星も降るようにいっぱい光を注いでくれます。

 霧島に住んでよかった。そして、仕事場をも霧島に移転して、本当に良かった。きりしま月の舟の基礎工事がとても美しく仕上がり、明日からは本格的な大工工事が始まります。基礎工事の坂口さんの美しいお仕事ぶり。感謝です。わたしがちょうど京都にいる間に基礎工事が進んでいったので、現場をご一緒することは少なかったのですが、わたしがいる日には、できるだけ手作りのお菓子を準備しました。

 これまでお菓子作りは苦手意識があったのですが、作ってみると、意外と簡単。ホットケーキミックスを使えば、さらに簡単。朝ご飯と一緒にちゃちゃっといけますわ。ただ、どんな料理でもそうですけど、深い味わいになるまでには、時間がかかりますね。わたしもようやく料理も仕事も人生も深みを増して、いま色づきはじめています。

 昨日は、鹿児島女子短期大学主催の向田邦子プロジェクトの第3回目で「向田邦子の愛したレシピ」の料理教室でした。わたしとユタカ君が第1回と第2回を担当させていただき、料理教室は、このプロジェクトの発起人である千葉しのぶ先生担当。さすがのレシピでございます。薩摩揚げも工夫がなされて、きびなご入り。

 わたしは小さいときから料理の得意な母のもとで、薩摩揚げもよく作りました。アジやイワシ、豆腐、卵、地酒をすり鉢でするのは子どもであるわたしたちの役目。いつも美味しいアツアツの手作りつけ揚げを食べていましたよ。だから、とっても懐かしかった。

 向田さんのレシピは素晴らしいものが多いのですが、今回、「のり吸い」の美味しさに目覚めました。以前、月の舟@天文館で長友ゆかり先生のご指導のもと、向田邦子の料理をやったことがありましたが、あのときも大盛況でしたね。長友先生の素晴らしいセンスが光りました。

 霧島に引っ越してからというもの、霧島の食に癒され続けていますが、最近、ようやく霧島食育研究会の料理教室に参加することができました。先日11日は、芋こんにゃくを作りましたよ。これまた簡単で味わい深いメニューです。霧島に住まないとゲットできないレシピです。

 千葉しのぶ先生のレシピは、郷土料理にひとひねり工夫が凝らされ、もちろんそれは原型を損ねるものではなく、個性がプラスされる、実に味わい深い料理です。昨日の向田レシピでは、先生はエプロンを向田邦子バージョンにされて、そのセンスも大好きでした。凝り性の人って好き。

 やはり、わたしの料理好きは、母伝来のもので、母には感謝です。先日、ちょっと怒ってしまいましたけど、よく考えたら、たった月に2回しか実家に行かないというのに、何が親孝行だ、と反省しました。母が90歳なのによく頑張ってくれているから、わたしもせいぜい月2回で親孝行をした気分になれるというもの。

 それで、13日の午前中は、お弁当をもって母のところに寄りました。いつも月の舟合唱クラスの又吉先生と麗華先生のお昼ごはんは、わたしとユタカ君が作るのですが、母にもお弁当にして届けました。そうしたら、とっても歓んでくれて、何だかこちらもほっこり。頼まれていた岩ノリと京都のお土産のシバ漬けも持参して、バタバタでしたが、大回りしてよかったなあ。何しろ、霧島から伊集院までは片道一時間半、それから12時に終わる月の舟合唱クラスに滑り込んで、午後1時からピアノレッスン、それから着付け教室、と続いて、帰り着いたころには、眠くて眠くて。

 世の中には介護に明け暮れている方も多いというのに、わたしの場合は介護に時間を割くこともなく、こうしてたまに母のところを訪ねるくらいで良しとされるわけですから、本当にありがたいことです。これからは孫育ても母のことももっとしっかりお世話しようと思います。エネルギーがいりますけど、これはわたしの仕事ですからね。

 心から感謝する。これが豊かさの原点である、と本田健さんの本に教えてもらって、それから心持ちが変わった気がします。

 無償の愛は、簡単そうで、難しいなあ。やはり、見返りを求めますものね。でも、いいんじゃないかな。見返りを求めても。感謝と許しは、同じエネルギーとも言えますし。

 自分の息子、娘のような気持ちで接する又吉&麗華先生たちは、先日ユタカ君の誕生日に、琉球泡盛をプレゼントしてくれました。とっても美味しくて、晩酌を大事にするわたしたち夫婦は、毎晩、ほんのおちょこ一杯だけいただきます。アルコール度数が高いので、ストレートで飲むと、ビール10杯分くらいのパンチがあるのですが、とてもとても美味しいです。感謝ですねえ。こういうときは、感謝して受け取る。感動して、受け取る。

 娘たちも優しくしてくれます。「ママ、ありがとう」って言ってくれます。先日の京都12泊は、次女が「本当に助かった」と言ってくれて、嬉しかったなあ。先日は、美味しそうな安納芋があったので、ひと箱長女のところに送りました。孫たちがお芋大好きですからね。これも歓んでくれました。3女のところにも今度泊めてもらいます。高級ホテル泊をプレゼントしてくれましたしね。

 会員さんたちも優しくしてくださいます。昨日のアガサ・クリステイ読書会もめっちゃ盛り上がりました。楽しかったなあ。こんな時間が大好き。皆さま、勤勉で誠実で優しい。ただ講義を聴くだけではなく、こうした読書会っていいなあ、と思います。ユタカ君がしっかりとリードしてくれるので、それがまた読書会の質を高めています。

 さて、先日、三田村雅子先生にお会いして、いろいろと刺激を受けましたが、やはり、読みの深さ、というものに感動します。言葉の表面だけをなぞるのではなく、2層も3層も深いところまで降りていく。それが自然にできる人を天才と呼ぶわけです。三田村先生は天才なんだなあ、と思います。たぶん、10層目くらいまで降りて行かれる感じ。

 わたしもどちらかというと、2層目、3層目までは行ける(笑)。いや、冗談でなく、そう読める、見える、というときがいっぱいありますからね。後藤祥子先生に「あなたのレポート面白かったわ」と言っていただくことがあったし、日本女子大学のほかの先生からも記述が面白いと褒めていただいたことが度々ありました。

 これまで自分のことを「天才じゃないか」と思ったことなどなかったし、ただただ生きることに必死でしたから、めちゃくちゃにがくしゃらに生きてきた感じがありますけど、「きりしま月の舟」を開設するにあたって、わたしの才能というものに気づかされるこの頃(笑)。

 もちろん、ユタカ君、親兄弟のサポート、周囲の力は絶大で、わたしひとりの力ではないのですが、何だか、ものごとを深く見る眼、というのを持ち合わせているなあ、と自画自賛しているところです。60歳を過ぎて、自分に自信が持てた、ということなのでしょう。遅いなあ。でもいいさ。これからです、わたしの人生。

 思えば、良妻賢母の鑑である母が、わたしを良妻賢母として育てようとしたのは当然のことで、その良妻賢母の道ではなく、文学の道を歩んで、結構、世の中の正規ルートから外れてきたわが人生。

 60歳にして、自分の仕事上の能力と、良妻賢母的な道が合体して、文学と家事が両立できているんだなあ、と思います。20代からついこの間までは、本当に変人扱いで、自分に自信が持てなかったのですが、バランスが取れてきた感じです。

 やはり「心から感謝する」という思いが、バランスを呼び寄せている。変人扱いする人を攻撃している間は、バランスが取れません。ただ感謝する、だけでもいいと思うのですが、心の底から感謝する、という気持ちになることがミソですね。

 ということで、バランスの取れた人生は、これから。あと30年がんばります。来年3月20日オープンに向けて、いろんな先生方が気持ちよくご協力くださって、感謝感激。さあ、ばりばり行きますよ。わたしの才能が開花します。どこでどんなイベントを組むか、どんどんアイデアが湧いてきますしね。

 明日から、本格的な大工工事。わたしは伊作まで百人一首の講義。大工さんたちのおやつに、パンプキンケーキを作ってから出かけます。

 今朝も、キリシマストリートベーカリーのパンを買って、はちみつトースト、北海道展で買ったソーセージ、野菜炒めの朝食で、元気もりもり。明日の準備、そして、お掃除、洗濯、張り切っていきましょう。

 皆様も素敵な一週間をお過ごしください。
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2019年11月11日

自分を生きるレッスンその587 五感力

 京都から帰って一週間。この一週間が怒涛のようでした。

 ただいま午前5時半。ようやく自分の時間を過ごせています。孫のお世話も大好きで、孫が大好きで、娘たちが愛おしくて、愛にまみれているわたしですが、ひとりの時間を過ごすことの愛しさもまた大切だなあ。欲を言えば、孫育てと仕事が毎日あったら、もっといいのになあ。

 月の舟での文学講座が始まると、ああ、わたしの時間、と思えます。文学を教えることが大好き。その準備も大好き。源氏物語、百人一首、今回は特に向田邦子の講演を頼まれていて、その準備もまた楽しかった。

 自分の好きな分野で世界一を目指すこと。文学講座を充実した楽しい時間にしていくこと。それがわたしの最大のミッション。この時間があるからこそ、わたしは生きている。最高に楽しく。

 おかげさまで、月の舟の受講生の皆様は、本当に素晴らしく、気品があり、丁寧でありがたい。どの講座も、最高に盛り上がります。皆さま、一所懸命聴いてくださいます。感謝、感謝、感謝。

 新しい「月の舟応援チケット」もできて、スムースに「きりしま月の舟」のある状態へ移行しています。新しいホールの基礎工事が終了し、本格的な大工工事に入っていくようです。基礎工事の坂口さんのお仕事の素晴らしいこと。美しい仕上がりで、感謝しています。

 11月5日に京都から新幹線で帰りましたが、その車中で白ワイン、おつまみ(クリームチーズの生ハム包み)を頂き、あまりの美味しさに感動。そして、探していた本田健さんの新刊「HAPPY MONEY」を新大阪駅の書店で見つけて、帰りはその本を一気に読みました。

 本田健さんの意見を要約するなら、「心からの感謝、良好な人間関係が豊かさを生み出す」。もし一文無しになっても、一週間をタダで泊めてくれる人が52人あれば、一年間何とか生き抜いて、新しい生活を立て直すことができる。一年は52週あるので、52人の心から信頼できる友達がいるといい、というのが本田健さんのアイデアです。

 そういう信頼関係こそが、生きる豊かさの根源である。そうした考えは本当にいいなあ、と思います。わたしには52人もそんなお友達がいるかなあ。なんだか、いるような気がする(笑)。

 いつも思うことですが、わたしが娘たちのところに泊まりに行って、本当によく泊めてくれるなあ、とありがたく思うのです。母と娘と言えど、もうお互いに自立した人間ですから、自分の生活圏に他人が入ってくると、やはり「うざい」ですよね。でも、わが娘たちは気持ちよく泊めてくれて、気持ちよく台所を遣わせてくれて、気持ちよく孫のお世話をさせてくれます。ユタカ君との信頼関係ができあがっているように、娘たちとの信頼関係もできて、感謝、感謝です。

 やはり、親の役目は、子どもを自立させること。親が自立していないと、子どもも自立できません。経済的な自立はもとより、生き方、考え方がしっかりとしていることが大事ですね。人生の嵐のなかで、簡単にへし折れない心を持つこと。親以外に信頼できる人間関係を築くこと。

 さて、5日に京都から帰ってきてから、6日には源氏物語の講座のあと、ユタカ君の市役所時代の同僚の方が、いま市長になっておられて、全国市長会議が霧島で開催とのことで、ご一緒に食事をしました。

 市長さんと秘書の方、ユタカ君とわたしの4人。「いちにっさん」のしゃぶしゃぶを頂きましたが、とっても美味しかった。おふたりとも歓んでくださいました。焼酎を酌み交わし、最後はコーヒーで〆て、最高の夜でした。

 市長さんが「あの親にして、この子あり、だな」と言ってくださったのが、とっても嬉しかった。義父はその土地でも立派な人としてたくさんの尊敬を集めた方でしたが、その立派さがユタカ君にも流れている、という意味です。わたしもそう思います。本当に義父は立派な方でしたし、ユタカ君も立派です。

 7日は、百人一首と源氏物語きよらクラス。ばっちし授業ができました。8日は、ユタカ君は市長さんを鹿児島のいろんなところにご案内。これも歓んでいただいたようです。わたしは合唱クラスと9日の講演の準備。

 11月9日、この日は、わたしの人生で最も忙しい一日だったんじゃないかな。午前8時、霧島の自宅を車で出発。10時から、かごしま近代文学館で向田邦子と鹿児島についての講演。向田さんのことをお話するときは、本当にお客様がおきれいで向田邦子さんのエッセンスをすでに身に着けておいでの方々が多いですね。鹿児島女子短期大学のスマイル食育講座の一環ということで、千葉しのぶ先生の企画のもと、わたしとユタカ君のふたりで協力させていただきました。

 向田邦子さんに関しては、小さな冊子も出版していますし、講演もいっぱいやってきましたが、今回は「五感力」を中心に据えて、お話しました。五感力の高い人が人間力の高い人、という考えのもと、向田さんの五感力の高さをお話しました。

 味覚は「う」の抽斗に象徴されるように、食通であったこと。料理もよくされたこと。聴覚は、水ようかんとミリー・バーノンの曲を組み合わせる、というように単に音楽を愛するだけではなく、音を味覚や言葉と密接にくっつける技をもっておいでだった。視覚は、もちろんテレビドラマの映像。絵の鑑賞眼をお持ちだったこと。嗅覚がまた素晴らしく、香りの高いものにとても関心がおありだった。結構早くにハーブに興味をもっておいでだった。触覚は、身体感覚が鋭くて、踵などの見過ごしがちな部位をクローズアップするのがとてもお得意だった、などなど。

 鹿児島とのかかわりのながれで、「細長い海」「楠」のエッセイを取り上げて、少しだけ朗読もしました。華やかな活躍の影の孤独や欠落感も描かれていて、わたしたち読者はそこにまた共感するのだなあ、と思います。

 講演のあと、近代文学館から向田さんの旧居あと、山下小学校、ザビエル教会、鹿児島市中央公民館を通っての文学散歩もありました。文学散歩はユタカ君のリードで、ときどきわたしが補足をするかたちで進めました。

 約一時間半を皆様、しっかりと歩いてくださって、感謝、感謝です。暑い中で休憩も取らず、というか時間の関係で休憩が取れず、申し訳なかったのですが、しっかりと聴いてくださいました。また次回の開催を希望される方が多くて、本当に感謝しています。向田邦子スピリットはもっともっと広めていきたいですね。また、やりますから、どんどんみたけきみこを気軽に呼んでくださいね。

 千葉先生をはじめ、鹿児島女子短期大学の先生方には大変お世話になりました。近代文学館の皆様にもプロジェクターの設定など、大変お世話になりました。感謝、感謝です。ありがとうございます。おかげさまで、すべてがスムースにできました。

 文学散歩が終わったのが午後1時。そのまま、わたしとユタカ君は車で鹿児島国際大学へ。三田村雅子先生の源氏物語「女楽」についてのご講演があるのです。5年前、その「女楽」をもとに、宝山ホールでかごしま文化研究所20周年のイベントをやったプロデューサーということで、講演会に駆け付けました。

 かごしま近代文学館から鹿児島国際大学までの遠いこと。40分かかりましたわ。向田邦子イベントにご参加くださった月の舟会員の上田さんと福永さんも、わたしの車のあとをついてこられましたが、秘密の近道をよくついてきてくださいました。で、講演会には15分の遅刻ですわ(笑)。車の中でおにぎりをほおばるという、芸能人並みの時間。

 三田村先生とは初対面でしたが、ご著書はほとんど読んでいます。その中身のユニークなこと。書いてあることの奥のその奥を読み取ることのできる大学者であられます。今回も、紫の上の病気に関する見解には、卒倒しました。紫の上は、光源氏の気を引くために病気を治さなかった、と。

 へーーーーーーーーー。わたしは、紫の上をあまりにも聖女扱いしすぎたかな。そのお話を聴けただけでも最高でした。

 会場との質疑応答のときに、わたしにも一言、話を振ってくださって、「女楽」をやったいきさつなどを話させていただきました。あのときは、本当に三田村先生のような緻密な読みではなく、ただただ久保禎先生に作曲を丸投げしたようなものでしたが、久保先生は緻密に独自に勉強してくださって、実に気品ある「女楽」の曲ができあがりました。これまた感謝です。

 さらに嬉しいことに、小林潤司先生のご配慮で、わたしたち夫婦も三田村先生を囲んでの懇親会にご一緒させていただきました。三田村先生の真ん前のお席という栄誉で、実に楽しく話が盛り上がりました。谷崎潤一郎の小説「細雪」と源氏物語の関係、三田村先生の学識の深さ、読みの深さに改めで感動です。

 三田村先生は全く飾らないお人柄で、何よりも源氏物語を知らない、読んでいない方にも実に寛大。どんな人とも丁寧に接してくださる。そして五感力の高い方だなあ、と感心しました。この講演会の企画をされた武藤先生のパワーもすごい。まだお若いのに、エネルギーの高さは半端ないな。一瞬で大好きになりました。

 で、午前8時から夜の懇親会が終わる午後9時、そしてユタカ君とふたりで天文館の懐かしいお店を3軒はしごして、ホテルへ帰り着いたのが午前零時過ぎ。

 昨日10日は、南先生の整体を受けて、母のところへ。またパンを買っていっても、「持って帰んなさい」。へろへろの身体で90歳の母のところへ来たというのに、「親のことを考えているのは、竜平(弟)だけだ」との言葉に、かなりいらっときました。わたしの親孝行を全く受け取ってくれないばかりか、存在さえしていないような発言。ま、弟夫婦は隣に住んでくれているうえに、先日転んだ母のために手すりを取り付けてくれたりして、わたしたちも感謝しています。わたしなんて、月に2回くればいい方で、確かに何にも考えていないとはいえる。でもね、だからといってランク付けする必要はないでしょ。わたしが行ったときに、ただ一言「ありがとう」と言ってくれたら、もっと一週間に一回は行こう、と思うのにね。

 ぷりぷりしながら、母のところを辞して、霧島の自宅近くで開催されている「よかもん市」へ。そこでは裕太君のお野菜とか、占いもあって、にぎわっていました。わたしは占いをしてもらいましたよ。

 占い師の方曰く、「きりしま月の舟は大繁盛する。だけど忙しすぎて、夫婦関係にひびが入らないように気を付けてください」とのこと。なるほど。母のことを話したら、「親孝行をお母さんが受け取ってくれなくても、神様は受け取ってくださってますから、大丈夫ですよ」とのこと。

 ほほお。神様が受け取ってくださっているのか。そのことに気づかせてくださって、本当に感謝です。心がほんわかなりました。

 今日は、朝から料理教室。芋こんにゃくを作ります。これから、基礎工事の仕上げに来てくださる坂口さんのために「リンゴのマフィン」を作ってから、料理教室に参加する予定。午後もお客様。

 明日も打ち合わせ。ユタカ君と仲良く、五感力を高めて、これからも人生を楽しんでいきます。

 皆様も素敵な一週間をお過ごしくださいね。
posted by kimiko at 07:26| Comment(0) | 日記

2019年11月04日

自分を生きるレッスンその586 自分に優しく

 11月3日、鹿児島では「おはら祭り」、世の中は七五三、そして京都は紅葉シーズン突入。

 SNSで鹿児島のおはら祭のことがいっぱい上がって、とっても懐かしいですね。月の舟で踊り連を出そうと思っていたのですが、結局果たせないままだなあ。わたしの予定では、今日は「きりしまおはら祭り」をやろうと計画していたところでした。いつか実現できますように。

 今日(もう日付が変わったので昨日ですね)は、午前中に高橋茂人先生がちょうど京都においでなので、BALでお茶しましょう、と待ち合わせをしました。れなたんと一緒にお出かけして、バスに乗ったはいいけど、いろいろハプニング続きで、待ち合わせ時間に15分の遅刻。しかも、午前10時に待ち合わせをして、BALの前に行ったら、なんと11時開店!あらら、わたしとしたことが。それでも高橋先生は優しく笑ってくださって、「あそこのサンマルクカフェに行きましょう」ということで、サンマルクカフェでお茶しました。

 れなたんのお利巧さんなこと。チョコバナナパフェをしっかり食べて、ぬりえをして、大人の話をしっかりと聞いています。高橋先生の相変わらず積極的な生き方は本当にさすがです。嫌いな人はいないんだろうか、とつい思ってしまいます。先生の笑顔には、恨み、憎しみってものがみじんもないですね。わたしもそうならないと。

 他人の良いところをいつもきちんと掴んでくださいます。わたしがこうしてブログを書くのが好きなことをとても肯定してくださって、その背中を押してくださいます。このブログは、書きたいようにただただ書いているのですが、このささやかなブログを読んだ方が元気になってくださったらいいなあ、といつも思って書いています。「癒されました」という感想をよくいただくので、所期の目的は達成されているかな。

 わたしは、よく書くように、自分の生き方が好きです。とっても満足しています。その自分褒めはとても大事だと思うので、他人様から見れば、「自慢ですか?」というようなことばかり書いています。はっきり言います、自慢です(笑)。

 でも、この京都生活で自分を見つめる機会が多くて、しみじと思うに、ああ、わたしってなんて自分にダメ出しをするんだろう、と気づかされます。自分で瞬時にいろんな判断をし、計画を立てるのですが、それがちょっとでも狂うと「こらっ」と自分を厳しく叱ります。そのお叱りが多いなあ。もっと自分を許さないといけないな。そこがわたしの成長の大きな分岐点かな。

 高橋先生と別れてから、マンションにいったん戻り、孫たちとお昼ご飯をすませてから、温泉に行きました。嵐山の温泉。るい君のお友達・小太郎君も誘って、阪急嵐山線で。のんびりして、いいなあ。

 温泉もなかなかグッドでした。ただ男の子がふたりになると、まあ、暴れますわ。脳の血管が切れそうになります。どうも男風呂でサウナに何度も入っていた模様。出てくるのが遅いのなんの。るい君ひとりだととってもおりこうさんなのですが、お友達がいると、はしゃぎます。

 そのたびに、切れそうになるきみこばあば。お風呂上がりのコーヒー牛乳を飲んだら、アイスも食べたいという。それを振り切って外に出る。しんこだんごを一本ずつ食べさせて、河原で遊びたいというのを「お風呂上りだから冷えないかな」と心配しながら許し、ひとりひとりが違う要求をするのをなだめつつ、観光客でいっぱいの渡月橋を渡り、嵐電の駅までたどり着きます。

 そこで、おうどんの屋台を発見。椅子も確保。おうどんの大好きなれなたん、大喜び。夕食には早いけど、小腹を満たそうと、小太郎君もうどん。このうどん、優れものですわ。今回の大発見でした。とろみがついて、とっても美味しかった。

 うどんは「はなまるうどん」の「きつね」しか認めないという(笑)るい君は焼き鳥。そして嵐電に乗って帰ります。その電車のなかでもはしゃぐ小学生男子。「静かにしなさい」と何度言ったことやら。「おばあちゃんの声が大きくて恥ずかしい」とるい君。そうかい。悪かったな。

 だいぶ暗くなり、冷えてきた中をバスを待ったりしたせいか、マンションに帰り着き、小太郎君とバイバイしたあと、るい君、まさかの発熱。おお、申し訳ない。ばあばの安全管理の失敗ですわ。あのとき、お金をケチらずにタクシーにしておけばよかった。れなたんもバスの中で熟睡し、満員のバスのなかで抱っこするのはまた大仕事だったし。

 るい君に熱さまシートをおでこに貼ってあげて、水分をいっぱい摂らせて眠らせます。初サウナだったから、もっと水分をすぐに取らせないといけなかったのにな。

 はああ、と落ち込むばあば。しかし、ここで落ち込んでも意味ない、と自分を励まします。自分を責めたところで何の解決にもならない。

 もっと自分に優しくしよう。そう思う62歳。日本一のカウンセラーだった故・孤嶋圭子先生は、「怒りは自分のものよ」とおしゃっていました。イライラするのは、他人が何かをするからではなくて、自分に対して怒っているのだ、と。

 子ども連れのときは、厳しいくらいがちょうどいい。だって危ないから。良い大人ぶっていては、あの小学生のはしゃぎを制御できませんからね。

 先日も、公園で「ジュース、ジュース」と大泣きする3歳児を無視して、麦茶を飲ませるお母さんに「あっぱれ」と感動しました。わたしは、そういうとき、全く「ダメ」ということなく、「はい、ジュース」という母親でしたわ(笑)。大甘の溺愛のダメ母です。そして、ばばあになったら、さらに大甘です。

 でもね、それがわたしですからね。いいんです。そのおかげで、娘たちはのびのび育ちましたからね。いい子に育っていますから、大丈夫。孫たちにも大人気ですしね。大甘、万歳。

 我慢、苦労、忍耐、そういう語彙は、わたしの辞書にはありません。わくわく、楽しい、大好き、がいっぱい。それでいいんです。62歳でも子どもみたいでいいじゃないですか。自分を許しましょう。

 ということで、今日の反省はなし。るい君の熱が下がりますように。明日は、元気に過ごせますように。京都も明日まで。あさってには帰ります。

 連休の最終日、皆様もごゆるりとお過ごしください。
posted by kimiko at 01:35| Comment(0) | 日記